ゆらぐ蜉蝣文字
□第3章 小岩井農場
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. 花椰菜 花椰菜(携帯)
「〔…〕うすあかりが青くけむり東のそらには日本の春の夕方のやうに鼠色の重い雲が一杯に重なってゐた。そこに紫苑(しをん)の花びらが羽虫のやうにむらがり飛びかすかに光って渦を巻いた。
みんなはだれもパッと顔をほてらせてあつまり手を斜に東の空へのばして
『ホッホッホッホッ。』と叫んで飛びあがった。私は花椰菜の中ですっぱだかになってゐた。私のからだは貝殻よりも白く光ってゐた。私は感激してみんなのところへ走って行った。
そしてはねあがって手をのばしてみんなと一緒に
『ホッホッホッホッ』と叫んだ。
たしかに紫苑のはなびらは生きてゐた。
みんなはだんだん東の方へうつって行った。
それから私は黒い針葉樹の列をくぐって外に出た。〔…〕」
場所は「カムチャッカ」と言っていますが、この時点では、賢治はまだ、札幌より北には行ったことがないので、現地を全く知らずに書いています。
そのため、まるで、東北の僻村のような風景です。
「花椰菜(はなやさい)」は、カリフラワーのこと。
「ロシア人」「だったん人」「支那人」といった人々が、「ふらふら」往来しながら「横目でちらちら私を見た」。彼らは、祈っているようでもあり、農作業をしているようでもあった。
腰に「刀の模型のやうなもの」を付けた若い男と、目が会い、険悪なふんいきになったが、「私」はかえって「チラッと愛を感じた。」と書いています。
しかし、作者が笑っていると、その男はいなくなってしまいます。
「片あしにリボンのやうにはんけちを結ん」だ小柄な男が、膝まづいて祈っているようだった。
作者の服装は、軍人か探検家のようです。
紫苑(シオン)は、キク科の多年草で、野菊に似た簡素な薄紫色の花を咲かせます:画像ファイル・シオン
東アジア原産で、日本には昔からあります。ただ、カムチャツカになぜシオンが出てくるのかは、よく分からないですw…、学名(Aster tataricus ‘韃靼のエゾギク’)からの連想でしょうか。
しかし、花言葉は「君を忘れず」・「遠方にある人を思う」…………保阪や『アザリア』の仲間への思いを込めているかもしれません。
「東の空には」、ねずみ色の雲が重なり、
「そこに紫苑の花びらが羽虫のやうにむらがり飛び〔、〕かすかに光って渦を巻いた。」
「みんなは」「パッと顔をほてらせて」集まり、
「手を斜に東の空へのばして「『ホッホッホッホッ。』と叫んで飛びあがった。」
いきなり出てきた「みんな」は、いったい誰なのか、分かりません。ふらふら往来していた外国人のようにも読めますが、そうではないようです。
「私は花椰菜の中ですっぱだかになってゐた。私のからだは貝殻よりも白く光ってゐた。私は感激してみんなのところへ走って行った。」
「花椰菜の中」は、カリフラワーの畑の中でしょうか、それとも蕾の中でしょうか?!…
ともかく、作者は、いきなり自分が全裸になっていたので「感激して」、
「みんな」といっしょに、手を伸ばして「ホッホッホッホッ」と叫んで飛び上がったと言うのです。
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