ゆらぐ蜉蝣文字


第3章 小岩井農場
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3.6.33


. 「小岩井農場」【清書稿】(一本桜の写真のすぐ下です)

「かなりの松の密林だ。
 暗くていやに寂しいやうだ。
 雲がずゐぶん低くなった。
 あゝよくあるやつだ やっと登って
 その向ふが又丘で
 松がぽしゃぽしゃ生えてゐる。
 しかし何だか面白くない。」

「暗くていやに寂しい」空間に入り込んで行く心持ちです。
低い丘がつらなった山すそは、どこでも似たようなけしきの繰り返しになるので、歩いていると、うんざりするかもしれません。

ただ、ギトンの見立てを率直に言いますと、“細い松が密生している”というだけで、そこは、山麓地形の中では、かなり明るい部類の場所だと思います。アカマツは典型的な陽樹で、その幼木ばかりだということは、最近の伐採で裸地になった後に生えてきたと思われます。密生しているので、植林ではなく、自然に生えてきたわけで、日当たりも地味もよい場所なのです。

「みちが又ぼんやりなって
 (草穂もぼしゃぼしゃしてゐるし、)
 却って向ふに立派なみちが
 堤に沿って北へ這って行く。
 ほんたうのみちはあいつらしい
  〔…〕
 向ふの道へ行かうかな。
 それもあんまりたしかでもない。」

. 小岩井農場略図(2)
 「堤(つつみ)」は、堤防、土手。
 「堤に沿って北へ」続いている道は、網張街道で、作者がいま歩いている道は、柳沢へ抜ける道なのか?
 それとも、その堤沿いの道が、姥屋敷方面の「ほんたうのみち」で、作者が歩いている道は、東に行き過ぎてしまうのか?:

「ほんたうのみちはあいつらしい
 こっちは地図のこのみちだ。
 赤坂のつゞきのところへ出るんだ。
 ひどく東へ行ってしまふんだ。」

道を探しているときでも、賢治の眼で見た世界は:

「立派なみちが〔…〕北へ這って行く」

「ほんたうのみちはあいつらしい」

などと、道は、意思を持った生き物のように──作者に意地悪をして隠れたり、だましたりする生き物のように、ふるまいます☆

☆(注) これは、文学的修辞としての擬人法とは、異なるものです:佐藤通雅『宮沢賢治の文学世界』,泰流社,1979;新装版,1996,pp.50-60.

「向ふの道へ行かうかな。
 それもあんまりたしかでもない。
 鞍掛は光の向ふで見えないし
 それに姥屋敷ではきっと
 犬が吠えるぞ 吠えるぞ。
 殊によったら吠えないかな。」

鞍掛山は、「光の向ふで見えない」、つまり、霞状の白い雲に隠されて見えなくなっています。
賢治がいつも目標にしている──第1章の「屈折率」「くらかけの雪」でも、そう言っていました──鞍掛山が見えなくなると、前進して行こうという気力も衰えてきます。

姥屋敷集落(小岩井農場略図(2))へ行くと、吠える犬がいるのも、気持ちよくありません。

ちなみに、菅原千恵子氏によると、“吠える犬”のモチーフは、嘉内と賢治の間では特別な意味を持っていました:

1917年7月8日、《アザリア》合評会後に《4人》で“夜間徒歩旅行”をしているのですが、その際の保阪嘉内の短歌60首の中に:

51 雫石は
 田舎の町なれば
 あけがたに 通るわれらに犬が吠え渡る、

52 暁にあんまり早き
 われなれば
 田舎町の犬は
 高らかに吠える、

と、早朝に一行が雫石の町に差しかかった時、犬に激しく吠えられたことが書かれています。

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