ゆらぐ蜉蝣文字
□第3章 小岩井農場
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3.6.23
さて、農場内部のような場所では、農場の都合で道形が変ってしまいます。
外部の人が往来する街道筋などは、「パート3」〜「パート4」で宮澤が歩いていたような・駅から農場へ迎え入れるルートならば、整備するので立派な道になりますが、同じ街道筋でも、農場の奥を通る部分などは、農場内の作業には関係がないので、放置されてしまいます。
かえって、畑などへ行くための細かい作業道のほうが、しじゅう作業員が踏むので、道形がはっきりして、立派に見えたりするのです。
その一方、放置された街道筋は、いったん草に被われてしまうと、誰も通らなくなって、廃道化してしまいます。
「みちが俄かにぼんやりなった」
と言っていたのは、作者はちょうど、そうやって草むらの中に消えてしまいそうな状態になっている部分に、さしかかったのだと思います。
こうした事情があるために、外部から来た者は、道に迷いやすいのです。
そこで、いま賢治がいる位置ですが、
. 小岩井農場略図(2)
↑こちらの2枚目の「狼ノ森付近 拡大図」を見ますと‥
さきほど《育牛部》が見えていましたから、その先の“長者館1号”の左側あたりの黒い実線の上と思われます。
1枚目の・もう少し大ざっぱな地図を見ますと、《狼ノ森》・“長者館耕地”の付近で、網張街道と、春子谷地・柳沢へ向かう道とが、分岐しています。
分岐と言っても、道標などは一切ありませんから★、ここは、たしかに迷いやすい場所なのだと思います。
★(注) 当時は、そもそも観光ということが、ありません。往来するのは、道をよく知った地元の人ばかりですから、道標は必要ないのです。
もう一度、「狼ノ森付近 拡大図」に眼を戻すと、
どうやら、「堰」と書いてある付近が分岐点のようにも見えますが、はっきりしませんねw
そこで、賢治は、右のほうへ分かれて行く道を、眼で探しているのですが‥
. 「小岩井農場」【清書稿】
「白い笠がその緩い傾斜をのぼって行く。
〔…〕
然しあるひはあの人は
姥屋敷へ行くのかもしれない。
さうぢゃない働いてるのだ。」
最初は、“白い笠の人”が、耕地のスロープを歩いているのを見つけて、
あの道が「姥屋敷へ行くのかもしれない」と思ったのですが‥それは、畑の中の・ただの作業道だったのです。
“白い笠の人”は、道から、畑の中に入って作業を始めたので(「さうぢゃない働いてるのだ」)、街道ではなく、ただの作業道だということが判ったのです。
「それに向ふの松林にまだ狼森ではないだらうが
ずゐぶん大きなみちがある。
あれさへ行ったら間違ひない。」
次に、‥行く手に見える“松林の丘”を越えてゆく「大きなみち」を発見します。
どうやら、今度は、姥屋敷〜柳沢への道のようです。
しかし、少し先──“一本桜”の写真の下あたりを見ますと:
. 「小岩井農場」【清書稿】
「却って向ふに立派なみちが
堤に沿って北へ這って行く。
ほんたうのみちはあいつらしい」
となっていて、また道が判らなくなっているようです‥
ところで、【下書稿】では、さきほどの(“上丸牛舎”の写真の少し下):
「白い笠がその緩い傾斜をのぼって行く。」
のあたりの下方余白に、鉛筆で、
「岩手山に関する追懐
青柳教諭」
というメモが、記されています。
また、「却って向ふに立派なみちが/堤に沿って北へ這って行く。」の【下書稿】下方余白にも、鉛筆で、
「あれが網張へ行く道だ
青柳教諭の追懐」
というメモが記されています:写真 (ヨ)
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