ゆらぐ蜉蝣文字


第2章 真空溶媒
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【22】 蠕蟲舞手




2.2.1


. 春と修羅・初版本
「蠕蟲舞手」──「アンネリダ・タンツエーリン」という振り仮名が付いています。
1922年5月20日付けで、前作「真空溶媒」の2日後、土曜日です。

賢治詩の中で有名なもののひとつですが、わかりやすいのか、というと‥‥それは、はたしてどうでしょうか??(笑)

ともかく、「真空溶媒」とは対照的に、かなり忠実な自然のスケッチ──というより、生物観察記録と言ったほうがよいくらいです。

そこで、この「蠕蟲舞手」と呼ばれているムシは、いったい何なのか?‥‥ミミズなのか?‥ボウフラなのか?‥‥これが第一の問題です。

01 (えヽ、水ゾルですよ
02  おぼろな寒天(アガア)の液ですよ)
03日は黄金(きん)の薔薇
04赤いちいさな蠕蟲(ぜんちゆう)が
05水とひかりをからだにまとひ
06ひとりでをどりをやつてゐる
07 (えヽ、8(エイト) γ(ガムマア) e(イー) 6(スイツクス) α(アルフア)
08  ことにもアラベスクの飾り文字)

「赤いちいさな蠕虫」と言うので、小さいミミズ‥‥イトミミズのような感じもするのですが、

「ひとりで」踊っているとか、あとのほうで、

18 まもなく浮いておいででせう)

などとあって、水の中で浮いたり沈んだりしているようす、また、

35おどつてゐるといはれても
36真珠の泡を苦にするのなら
37おまへもさつぱりらくぢやない

とあって、からだに気泡をつけているようすを見ると、ボウフラにも思えます。

そこで、まず、「蠕虫(ぜんちゅう)」の意味を調べてみますと:

「ミミズやゴカイなどのように細長くて足がなく、うごめいて移動する下等動物の俗称」

とあります。
英訳すると: worm (ワーム) ←こちらのほうが、私たちにはよく分かりますねw

「蠕虫」は、古くは分類群の名前だったそうですが、‥‥ようするに、うごめく虫‥‥ということですから、ミミズ、ゴカイ、ヒルから、回虫などの寄生虫まで含めて、とにかくにょろにょろ“うごめく”ものは、みんな「蠕虫」にしていたんですね。

昆虫の大部分も、幼虫のうちは、みな“うごめく虫”ですから、ウジムシだろうとアオムシだろうと、みな「蠕虫」と呼んでいいそうです。

このように、外見から、ごくおおざっぱに呼んだ名前なので、動物分類学が進歩すると、いろいろな動物門に分けられるようになって、現在では分類名としては用いられないそうです。

つまり、「蠕虫」だけでは、何のことか分からないわけです‥

そこで、振り仮名の「アンネリダ」のほうで調べてみると:

"Annelida" とは、環形動物門の学名で、これに属するのは:

Polychaeta 多毛綱(ゴカイの仲間25目)
Oligochaeta 貧毛綱(ミミズの仲間4目)
Hirudinoidea ヒル綱(一般のヒル2目とヒルミミズ,毛ビル)

となっています。

つまり、"Annelida"(環形動物) とは、ミミズ、ゴカイ、ヒルの仲間ということでしょう。
英語では segmented worms です。なるほど、ミミズなどの身体は、たくさんの体節が連なってできていますからね。

いま、ネットのミヤケン系各サイトを見ますと:

〔A説〕ミミズだ。あるいは、イトミミズだ。

〔B説〕ボウフラだ。

この2説☆のどちらかに、はっきりと分かれているようですねw

☆(注) 成書では:〔A説〕伊藤光弥『イーハトーヴの植物学』,2001,洋々社,pp.219-221。〔B説〕原子朗『新宮澤賢治語彙辞典』,1999,東京書籍.ほか多数。

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