ゆらぐ蜉蝣文字


第2章 真空溶媒
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2.1.25


. 春と修羅・初版本

207それでもどうせ質量不變の定律だから
208べつにどうにもなつてゐない
209といつたところでおれといふ
210この明らかな牧師の意識から
211ぐんぐんものが消えて行くとは情ない

「それでもどうせ質量不變の定律☆だから/べつにどうにもなつてゐない」──つまり、《質量保存の法則》があるのだから、物が勝手に消えるわけはない、気のせいだ、と思い直すわけです。

しかし、そう思い直したからといって、自然法則に反して持ち物や着ているものがなくなっていくという幻想事態が、ストップするわけではありません。

☆(注) 「質量不変の定律」または《質量保存の法則》とは、“化学反応の前後で質量の合計は変わらない”という法則です。つまり、化学反応は、物質を構成している元素(原子)が結合のしかたを変えるだけで、物質(原子)そのものが消えたり、逆に無から生じたりすることはない──ということ。相対性理論発見以後は、《エネルギー保存の法則》と包括されて、“エネルギーと物質を併せた総量は、あらゆる化学反応、原子核反応の前後で変らない”《質量・エネルギーの保存則》となっています。



そこへ、《赤鼻紳士》の再登場です。

212 (いやあ 奇遇ですな)
213 (おお 赤鼻紳士
214  たうたう犬がおつかまりでしたな)
215 (ありがたう しかるに
216  あなたは一体どうなすつたのです)
217 (上着をなくして大へん寒いのです)
218 (なるほど はてな
219  あなたの上着はそれでせう)
220 (どれですか)
221 (あなたが着ておいでなるその上着)
222 (なるほど ははあ
223  眞空のちよつとした奇術(ツリツク)ですな)
224 (えヽ さうですとも

「ツリツク」は、“トリック”。

《赤鼻紳士》は、最初に登場した時には、あたりさわりのない挨拶をしたり、「おれ」牧師に話を合わせるだけの人物でしたが、今度は、《牧師》の存在と拮抗する《他者》になっています。一方的に、《牧師》の言うことによって事態が進行して行くのではなく、《赤鼻紳士》が

219  あなたの上着はそれでせう)
   〔…〕
221 (あなたが着ておいでなるその上着)

と言うと、無くなったはずの《牧師》の上着が現出します。
そして、上着が無くなったと思われていた事態(現象)は、単なる“トリック”──目眩ましだったことになってしまうのです。

すこし前に、《牧師》が面白い発言をしているのですが:

209〔…〕おれといふ
210この明らかな牧師の意識から
211ぐんぐんものが消えて行くとは情ない

この発言は、「おれ」《牧師》の“あり方”を示しているのかもしれません。《牧師》にとっては、ものが実際に有るか無いか、ということ以上に、ものが「意識から‥消えて行く」ことが問題なのです。

《牧師》にとっては、前回《赤鼻紳士》に会った時以来の幻想世界の大冒険も、“意識”のできごとにすぎないのです。極端に言えば‥:こう思えば、こうなる、ああ思えば、ああなる、というだけのことです。いわば、《牧師》は“精神主義”です。

これに対して、《赤鼻紳士》が持ち込んでくるのは“物質主義”なのだと思います。
逃げた犬を追いかけるのは、犬が可愛いからではなく、高価な財産だからです。
《赤鼻紳士》にとっては、幻想世界も「天のサラアブレッド」もどうでもよく、
金銭と、商品価値のある物質だけが“確実なもの”なのです。

しかし、宇宙空間の“溶解力”に思いをはせるあまり《牧師》が陥ってしまった事態においては、《赤鼻紳士》の平板な“物質主義”のほうが有効です。
《赤鼻紳士》は、幻想にだまされることが少ないのです。

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