ゆらぐ蜉蝣文字
□第1章 春と修羅
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そこで、「習作」の
「黒砂糖のやうな甘つたるい声で唄つてもいい
また鞭をもち赤い上着を着てもいい」
で、
賢治は田谷力三の演じるドン・ホセになりきっているのか‥あるいは、このころ兵役中で、近衛輜重兵として乗馬訓練に従事していた保阪嘉内を念頭においているかもしれません。
さて、和製オペラ『カルメン』の劇中歌は、中山晋平の作曲で、ビゼー作曲のオペラ『カルメン』とはまったくメロディーが違います。白秋の歌詞も、メリメの原作『カルメン』とは相当違います。
「恋の鳥」は、原作で主人公の女傑カルメンが歌う「ハバネラ」を模倣しているようです:
「 ハバネラ
恋はいうことをきかない小鳥
飼いならすことなんか誰にもできない
いくら呼んでも無駄
来たくなければ来やしない
おどしてもすかしても なんにもならない
ひとりがしゃべって ひとりが黙る
あたしはあとのひとりが好き
なんにもいわなかったけど そこが好きなの
ああ恋、恋・・・
*恋はジプシーの生まれ
おきてなんか知ったことじゃない
好いてくれなくてもあたしから好いてやる
あたしに好かれたら あぶないよ!
まんまとつかまえたと思ったら
鳥は羽ばたき 逃げてゆく
恋が遠くにいるときは 待つほかないが
待つ気もなくなったころ そこにいる
あたりをすばやく飛びまわり
行ったり来たり また戻ったり
捕らえたと思うと するりと逃げて
逃がしたと思うと 捕らえてる
ああ恋、恋・・・
* くりかえし」
メリメの「ハバネラ」では、《恋》=小鳥であったのが、北原白秋の「恋の鳥」では、《恋人》=小鳥になっているという違いがあります。
つまり《恋》、あるいは恋心のような抽象的なものを、生き物のように、あるいは“キューピッド”のように擬人化してとらえることは、当時の日本ではまだ無理だったのでしょう。
しかし、全体的に言って、白秋よりも、宮沢賢治と保阪嘉内のほうが原作の恋愛観に近いのではないかと思います。
ここで↓↓、ぜひ「ハバネラ」を耳で聴いてほしいと思います。このメロディー、きっと聞いたことがあるはずですw
. Carmen: Habanera (The Royal Opera)
. Elina Garanca "Habanera" Carmen
次に聴いていただくのは↓、北原白秋・作詞、中山晋平・作曲「恋の鳥」。
メランコリックな短調で、「ハバネラ」とのあまりの違いに驚くでしょう。。。
途中までですが、無料で試聴できます:
. 中山晋平・作曲「恋の鳥」
次は、↓保阪嘉内作詞・作曲の《勿忘草の歌》。
唱歌風ですが長調で、ギトンは、中山晋平よりずっといいと思います‥
. 保阪家・家庭歌《勿忘草の歌》
なお、こちらのサイトの midiファイルにリンクさせていただいています:宮沢賢治の詩の世界:保阪嘉内の歌曲
そういうわけで、
「鞭をもち赤い上着を着てもいい」
は、和製『カルメン』か、原作『カルメン』か、他のオペラか分かりませんが、ともかく、オペラの登場人物の扮装なのでしょう。
西洋の貴族気取りで、乗馬用の鞭をぶんぶん振り回しながら上機嫌で歩いて行くわけです。
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