ゆらぐ蜉蝣文字
□第1章 春と修羅
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1.2.4
ここで、もう一度、詩句を眺めてみましょう:
. 春と修羅・初版本
06ほんたうにそんな酵母のふうの
07朧ろなふぶきですけれども
08ほのかなのぞみを送るのは
09くらかけ山の雪ばかり
「そんな」とは、何を指すのでしょうか?遠くに見える鞍掛山を指して言うなら、「あんな」でしょう。「そんな」は前方照応(アナフォラ)かもしれません。前のほうの行を見てみましょう:
01たよりになるのは
02くらかけつづきの雪ばかり
03野はらもはやしも
04ぽしやぽしやしたり黝んだりして
05すこしもあてにならないので
前方照応だとすると:野原や林に積もった雪が、昼間の陽射しでぽしゃぽしゃ溶け落ちている・「あてにならない」景色──を指しているのだと、考えなければなりません。ほかには照応先がありませんから。
自分の歩いている周りにある野原の雪は、べたべたと溶けてしまって「あてにならない」。「そんな」頼りにならない朧ろげな「ふぶき」だけれども‥と言っていることになります。
この解釈で、よいのでしょうか?
なんだか疑問はありますが、この線でつづけてみたいと思います‥
06ほんたうにそんな酵母のふうの
07朧ろなふぶきですけれども
↑この2行は、作者の歩いている周りの・小岩井農場の「ふぶき」を言っているのだと思います。鞍掛山のではなくて‥
作品「小岩井農場」のほうを見ますと(⇒:《パート4》3.5.7 ⇒:《パート4》3.5.16“der heilige Punkt”):
. 春と修羅・初版本
35耕耘部へはここから行くのがちかい
36ふゆのあひだだつて雪がかたまり
37馬橇(ばそり)も通つていつたほどだ
38(ゆきがかたくはなかつたやうだ
39 なぜならそりはゆきをあげた
40 たしかに酵母のちんでんを
41 冴えた氣流に吹きあげた)
42あのときはきらきらする雪の移動のなかを
43ひとはあぶなつかしいセレナーデを口笛に吹き
44往つたりきたりなんべんしたかわからない
45 (四列の茶いろな落葉松)
46けれどもあの調子はづれのセレナーデが
47風やときどきぱつとたつ雪と
48どんなによくつりあつてゐたことか
(パート4)
ここにも「酵母のちんでん」(40行目)という表現があります。
《小岩井農場》には、《馬トロ(ばとろ)》という・馬に挽かせて線路の上を走る1両トロッコがあります。現在は観光客を乗せて走っていますが、かつては作業員の移動用でした。《馬トロ》は、冬、雪が積もってレールが隠れてしまうと、トロッコをソリに付け替えて「馬橇」になります。
賢治が1月6日に訪問した時は、「馬橇」が雪けむりを上げていたというのです。「冴えた」風も吹いていたので、舞い上がった雪は、吹雪のようにうすく広がったのでした。
小岩井農場の馬橇(ばそり) (観光用、現在)
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