ゆらぐ蜉蝣文字


第1章 春と修羅
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1.2.3


「酵母」は、濁り酒の“澱り”のイメージだと思います: 画像ファイル
つまり、薄く濁った白い液です。

そうすると、「酵母のふうの朧ろな吹雪」とは、雪が風で舞い上がって、視界が白っぽくなっている感じでしょうか‥。
あるいは、雲だとしたら、ぼやっとした薄い白雲でしょうか?
「屈折率」の「縮れた亜鉛の雲」に似ていますけれども、それよりも薄くて、はかない感じですね。

. 春と修羅・初版本

03野はらもはやしも
04ぽしやぽしやしたり黝(くす)んだりして
05すこしもあてにならないので

とありますが、昼間の気温と日射を受けて、積雪や木についた雪が融けて、ぽたぽた雫が垂れているのでしょう。雪が融けると、濡れた樹肌の黒が現れて、くすんだ感じになります。
この1月6日は「半晴」ですから、時々日が射して暖かかったでしょう。

なお、賢治は、雑草の生えている処だけでなく、畑や田んぼも含めて「野原」と呼んでいるのが普通です。

06ほんたうにそんな酵母のふうの
07朧ろなふぶきですけれども
08ほのかなのぞみを送るのは
09くらかけ山の雪ばかり

ここで、もういちど「朧ろなふぶき」を検討しますが、ここは、ギトンは難しいと思います。

この「ふぶき」とは、「鞍掛山の雪」のことを言っているのでしょうか?‥しかし、積もっている雪を、「ふぶき」とは言わないでしょう。

むしろ、6-7行目から8-9行目への文脈は、

“いま自分のまわりにあるのは、そんな朧ろな吹雪にすぎないけれども、行く手の遠方には鞍掛山の雪も光っているので、その「くらかけ山の雪」に仄かな希望を託して、とぼとぼと歩いて行くのだ”

という意味だと思います。

この点を、↓以下で少し検討します。



辞書を引いてみますと:

ふぶき【吹雪】「強い風が雪を伴って吹く状態。降雪がある場合と、降雪はないが積もった雪が風に舞い上げられる場合(地吹雪)とがある」
(知恵蔵)

「降雪中の雪や積雪した雪が、強い風によって空中に舞い上げられて、視界が損なわれている気象状態のこと。降雪がない場合には地吹雪と呼ばれる。降雪がある場合でも、空中に舞っている雪の大部分は積もった雪に由来するものである」
(Wikipedia)

↑そのような吹雪が、鞍掛山で吹き荒れているのが見えたのでしょうか?!‥

しかし、この日は「半晴」で、降雪の吹雪は無かったと思われますし、かりに吹雪があったとしても、作者のいる小岩井農場から、8km以上離れた鞍掛山上の吹雪が見えたとは思えません。

もっとも、ギトンの育った関東の山沿い地方では、山が冬に灰色っぽい雲をかぶって、しかもその雲がほぐれて糸をなびかせている状態を見ると、「あ〜、○○山が吹雪いている」と言います。吹雪になっているという意味なのですが‥東北でも、同じような言い方をするでしょうか??

鞍掛山に、「酵母のふうの/朧ろな」雲がかかっているのを見て、“鞍掛は吹雪になっている”という意味で

「朧ろなふぶきですけれども」

と言っていることは、考えられるかもしれませんが‥、ギトンの感覚では、遠くから見た“ふぶいている雲”は、「酵母」のような薄くて白っぽい靄状の雲とはちょっと違います。

ともかく、「朧ろなふぶき」=「くらかけ山の雪」と見るのは、無理でしょう☆

☆(注) 長詩「小岩井農場」の下書きには、次のように回想している箇所もあるので、やはり「くらかけの雪」は、吹雪や雪雲ではなく、鞍掛山の稜線の冠雪だと考えます:「鞍掛が暗くそして非常に大きく見える/あんまり西に偏ってゐる。/あの稜の所でいつか雪が光ってゐた。」(【清書後手入れ稿】第5綴)
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