ゆらぐ蜉蝣文字


第1章 春と修羅
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1.1.2


しかし、作者は、これから小岩井農場を訪ねてしなければならない仕事を思い出し、こんもりと丸い七つの丘に背を向けて、再び歩き出します:

. 春と修羅・初版本

「わたくしはでこぼこ凍ったみちをふみ
 このでこぼこの雪をふみ
 向ふの縮れた亜鉛の雲へ
 陰気な郵便脚夫のやうに
  (またアラツディン、洋燈(ラムプ)とり)
 急がなけばならないのか」


作者の歩く姿を後ろから見たら、重い郵便物をしょって、遠い雪道を歩いて行かなければならない郵便脚夫(服装が制服になった以外は、江戸時代の「飛脚」とそんなに変わりませんでした)のように陰気に見えるかもしれません。

作者には、七つの丘が後ろから、自分の歩く陰気な姿を見送っているような気がするのです。

いや…むしろ実体は、魔神を呼び出す魔法のランプを探しに行こうとしているアラジン(アラツディン☆)のように奇矯なものかもしれません。ほんとうにあるかどうか分からない夢のような目標を追いかけているのかもしれないのです。

内心では、喪われたランプのような大切なものを取り戻そうとして★、気を引き締めて歩いているのですが、
雪で固まった野原の路を、ひとりでとぼとぼと歩いている心細さは否定できません。その不安と自嘲の思いが、とりあえずこのスケッチのテーマなのでしょう。

☆(注) 「アラジンと魔法のランプ」のアラジンは、アラビア語では Ala^' al-Di^n 発音は、「アラーッディン」に近いです。西欧式表記では Aladdin ですから、現在の慣用表記「アラジン」よりも、賢治のカタカナ表記のほうが正確かもしれません。

★(注) 「アラジンと魔法のランプ」の話の中で、アラジンがランプを探しに行く場面は2回あります。1回目は、悪い魔法使いに命じられて洞窟の中へランプを取りに行くとき。2回目は、魔法使いに奪われたランプとお姫様を探しに行くとき:アラジンと魔法のランプ. 1回目は、かんたんにランプを手に入れますが、2回目は、魔法のランプも失ったうえに、突然消えてしまったお姫様を40日以内に見つけて連れ戻さなければ、王様に首を切られてしまいます。アラジンは、あてどもなくとぼとぼと、しかし必死の思いで探し回るのです。「屈折率」で賢治が想起しているのは、2回目のほうだと、ギトンは思います。だから、「わたくしはでこぼこ凍ったみちをふみ〔…〕急がなければならない」のです。

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