ゆらぐ蜉蝣文字


第1章 春と修羅
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1.7.4



「 ※
2外套を着て
 家を出ましたら
 カニスマゾアばかり
 きれぎれのくろくもの
 中から光つて居りました。
  ※
3黒くもの下から
 少しの星座があらはれ 橋のらんかんの夢、
 そこを急いでで その黒装束の
 脚の長い旅人
が行き
 遠くで川千鳥が鳴きました。
  ※
4そら中にくろくもが立ち
 西のわづかのくれのこり
 銀の散乱の光をみれば
 にはかにむねがをどります。」

(『冬のスケッチ』,32葉)

第2章の「カニスマゾア」ですが、これは、おおいぬ座(大犬座)のラテン語名 Canis Major☆ で、ここでは、おおいぬ座α星(シリウス)を言っているようです。

☆(注) ラテン語の正確な読みは、カニス マヨル。カニスは犬。マヨルは‘メジャー’。つまり“おおいぬ”。

「カニスマゾアばかり
 きれぎれのくろくもの
 中から光つて居りました。」

は、カニスマゾアがたくさん見えるという意味ではなくて、
“切れ切れの雲の合間から、カニスマゾア(シリウス)だけが目だって見える”という意味です。

シリウスは、冬の北の夜空で非常に明るい星で、今日の都会でもよく見えます。

第4章の「銀の散乱の光」は、西の天末線に残っている暮れ残りの薄明を言ってるようです。
「くろくも」に被われた暗い夜空と、その下にわずかに明るい“暮れ残り”を見て、

「にはかにむねがをどります。」

と言っていますが、宮沢賢治は、詩や童話を発表するとか、人に読んでもらうということを全く考えなくてよいときには、ほんとうに、こういう暗くてぞっとするような景色が好きなのだと思います。

それはともかく、第3章を見ますと:

「黒くもの下から
 少しの星座があらはれ 橋のらんかんの夢、
 そこを急いでで その黒装束の
 脚の長い旅人
が行き
 遠くで川千鳥が鳴きました。」

ここは、佐藤氏によれば、宮澤家から奥州街道を南におりて、豊沢川にかかる豊沢橋の西の土手の上で眺めている景色です★:花巻大三叉路(地図) 画像ファイル:豊沢川

★(注) 佐藤勝治『“冬のスケッチ”研究』,増訂版,1984,十字屋書店,p.41.

豊沢橋の欄干が、夢のようなシルエットを映しています。橋のたもとから「急いで出」て、「その黒装束の/脚の長い旅人が行き」‥‥

この「脚の長い旅人」は、土手〜川原の斜面に長く伸びた作者の影ではないかと、ギトンは思います。つまり、作者が土手の上を歩くのと平行して、「黒装束の/脚の長い旅人」が斜面を移動して行くのです。
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