ゆらぐ蜉蝣文字


第1章 春と修羅
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【4】 丘の眩惑





1.4.1


ページをめくると、次のスケッチ「丘の眩惑」は、ちょうど見開きに収まっています。

作品日付は 1922.1.12.で、
まだ、「水仙月の四日」(1月19日付)よりは前なのですが、
前3作から一転して、透明な風景が広がります:

. 春と修羅・初版本

01ひとかけづつきれいにひかりながら
02そらから雪はしづんでくる
03電しんばしらの影の藍靛(インデイゴ)や
04ぎらぎらの丘の照りかへし

05 あすこの農夫の合羽のはじが
06 どこかの風に鋭く截りとられて来たことは
07 一千八百十年代の
08 佐野喜の木版に相当する

09野はらのはてはシベリヤの天末
10土耳古玉製玲瓏のつぎ目も光り
11  (お日さまは
12   そらの遠くで白い火を
13   どしどしお焚きなさいます)
14笹の雪が
15燃え落ちる、燃え落ちる

. 靛=青+定





そこで、次の見開きをめくると(携帯の方は、# を入力してください)、次の作品「カーバイト倉庫」の最初は:

「いそいでわたくしは雪と蛇紋岩との
 山峡をでてきましたのに」

とありますから、
賢治は、“蛇紋岩の山峡”をさまよったあと、次のスケッチで、カーバイド倉庫のある場所に出てきたことが分かります。
「カーバイト倉庫」は、「丘の眩惑」と同じ日付です。

“蛇紋岩山地”は、有名な「原体剣舞連」などにも出てきますが、北上山地を指しています。北上山地の地質は、蛇紋岩ばかりではないのですが、賢治は“蛇紋岩山地”として認識していました:蛇紋岩 ⇒:1.5.1 蛇紋岩

カーバイド工場は、当時、岩手軽便鉄道(現在の釜石線=銀河ドリームライン)の岩根橋駅付近に、水力発電所とともにありました:岩根橋発電所

ですから、「丘の眩惑」は、釜石線沿いの「山峡」の雪道でのスケッチです。
この日は木曜で平日、次の「カーバイド倉庫」は夜の状況ですから、賢治はおそらく、付近に何か用事があって、放課後に岩根橋に来たものと思われます。
したがって、「丘の眩惑」は、午後遅く〜夕方の時間帯になります。

さて、この詩は3つの連からなっています。このように連を分けて書くのは、賢治としては珍しいのですが、
まだ非定型口語詩を始めてまもないので、いろいろと実験をしているのだと思います。

ざっと眺めると、第1連は、くっきりとした強い印象の風景ですが、静止画です。

第2連で急激な動きがあるような気がします。リズムに急迫性が感じられないでしょうか‥

第3連になると、風景は奥行きが広がって、しかも踊るように躍動的です★

★(注) 第1・3連は立体的、第2連は平面的──という批評もありますが、ギトンはあまりそんな感じがしないのです。むしろ1→2→3連と、あとになるほど立体感が強まるような気がします。おそらく(→次頁で論じますが)第2連の読み方が、分かれ目なのだと思います。
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