ゆらぐ蜉蝣文字


第1章 春と修羅
12ページ/114ページ



【3】 日輪と太市





1.3.1


3番目のスケッチ「日輪と太市」です。日付は 1月9日。わずか5行の小品ですが、前の2作で、作者に寄り添うようにして、その《心象》を読み解いてきた私たちにとっては、

進んでいる進路の‘正しさ’を確認できるとともに、たいへん興味深い内容でもあります:

01日は今日は小さな天の銀盤で
02雪がその面(めん)を
03どんどん侵してかけてゐる
04吹雪(フキ)も光りだしたので
05太市は毛布(けつと)の赤いズボンをはいた

叙景は、説明の必要もないくらい明らかです。

「日輪(にちりん)」は、太陽のこと。
太陽を「天の銀盤」と呼ぶのは、賢治のおなじみの表現で、
うすい吹雪でつや消しされて鈍く光る太陽──血の気がひいたように白い太陽☆だと思います。

☆(注) 賢治はしばしば、「喪神の鏡」という言い方をします:「喪神の/鏡かなしく落ち行きて/あかあか燃ゆる/山すその野火。」(歌稿B #264)

この年1月19日の日付を持つ童話「水仙月の四日」(『注文の多い料理店』所収)では、快晴の青空がいきなり急変して吹雪になるようすが、次のように活写されています:

「すると、雲もなく研きあげられたやうな群青の空から、まつ白な雪が、さぎの毛のやうに、いちめんに落ちてきました。〔…〕

 けれども、その立派な雪が落ち切つてしまつたころから、お日さまはなんだか空の遠くの方へお移りになつて、〔…〕

 〔…〕東の遠くの海の方では、空の仕掛けを外したやうな、ちひさなカタツといふ音が聞え、いつかまつしろな鏡に変つてしまつたお日さまの面を、なにかちひさなものがどんどんよこ切つて行くやうです。
    〔…〕
 風はだんだん強くなり、足もとの雪は、さらさらさらさらうしろへ流れ、間もなく向ふの山脈の頂に、ぱつと白いけむりのやうなものが立つたとおもふと、もう西の方は、すつかり灰いろに暗くなりました。

 雪童子[ゆきわらす]の眼は、鋭く燃えるやうに光りました。そらはすつかり白くなり、風はまるで引き裂くやう、早くも乾いたこまかな雪がやつて来ました。そこらはまるで灰いろの雪でいつぱいです。雪だか雲だかもわからないのです。

 丘の稜(かど)は、もうあつちもこつちも、みんな一度に、軋るやうに切るやうに鳴り出しました。〔…〕」
水仙月の四日(青空文庫)

つまり、この詩3行目の「どんどん侵してかけてゐる」までは、まだ吹雪になる予兆の段階です。

まだ、空は晴れて、あたりは明るいのですけれど、
もう、いつ暗転して激しい降雪と風がやってきてもおかしくない緊張が、風景にみなぎっています。

「間もなく向ふの山脈の頂に、ぱつと白いけむりのやうなものが立」つのが見えます。

4行目「吹雪(フキ)も光りだしたので」は、もう本格的な吹雪になっています。

「そらはすつかり白くなり、風はまるで引き裂くやう、〔…〕雪だか雲だかもわからないのです。」

しかし、詩のほうでは、吹雪そのものについてはあえて言わずに、

05太市[たいち]は毛布(けつと)の赤いズボンをはいた

と、「太市」という田舎風の名前の──子どもでしょうか?──人物の防寒装備で、並々ならぬ吹雪がやって来たことを示しています。

「フキ」は、方言で吹雪のこと。

「けっと」は、辞書を引いてみると:

【ケット】
〔ブランケットの略〕毛布。ケットン。「いきなり,ケットを頭からかぶつて」〈漱石・吾輩は猫である〉 
(大辞林)

【ケット】
《「ブランケット」の略》毛布。「中央に白いケットが敷いてあって」〈花袋・妻〉
(デジタル大辞泉)

「けっと」イコール毛布のようですね。赤い毛布のラシャ生地で作ったズボンなのでしょうか。



.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ


©フォレストページ