ゆらぐ蜉蝣文字
□第1章 春と修羅
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. 春と修羅・初版本
03(上等の butter-cup(バツタカツプ)ですが
04 牛酪(バター)よりは硫黄と蜜とです)
「バターカップ」は、キンポウゲの英語名──というより、西洋にある・日本のキンポウゲと近縁の草です。キンポウゲにしろ、「バターカップ」にしろ、‥高山植物のミヤマキンポウゲにしろ、──キンポウゲ属の花はみな、あざやかな山吹色で、横から見るとたしかにカップの形をしています:画像ファイル・キンポウゲ
「バターよりは硫黄と蜜」を混ぜたようだと言っているのは、キンポウゲの花の黄色の色あいでしょう。
たしかに、そういう濃い色をしています。
06ぶりき細工のとんぼが飛び
07雨はぱちぱち鳴つてゐる
賢治はしばしば、こうした硬質の材料で、虫や木の葉や自然現象を比喩することがあります。
同じ城址の風景を描写しながら、これまでには無かった・こうした硬質の表現が出てきたことは、
作者の気分が明るく快活になってきたことと無関係ではないと思います。
「ぶりき細工」や「ぱちぱち」は、ドライで快活な心象の表現なのです。
08(よしきりはなく なく
09 それにぐみの木だつてあるのだ)
ヨシキリは、鶯のなかまで、日本で繁殖する渡り鳥です。冬の間は東南アジアで過ごします。ほかの渡り鳥よりも遅くやってきて、来るとさっそくつがいを求めて、間断なくさえずっています。
オオヨシキリとコヨシキリがありますが、画像ファイルには、北国に多いコヨシキリを出しておきました。PCの人は、囀りも聞いてみてください:画像ファイル・ヨシキリ・アキグミ
グミ属は、赤い実がなる灌木ですが、日本に生えているものは落葉性で、東北にあるのは春に花が咲いて秋に実がなるアキグミです。グミの実は小さいので、あまり栽培しませんが、野山に生えているグミは、キイチゴと同じように、昔は子どもたちのかっこうのオヤツでした──んだそうですf^.^;)
10からだを草に投げだせば
11雲には白いとこも黒いとこもあつて
12みんなぎらぎら湧いてゐる
13帽子をとつて投げつければ黒いきのこしやつぽ
〔…〕
17 このかれくさはやはらかだ
18 もう極上のクツションだ
空には積雲(入道雲)が湧き、もう初夏の気配です。
しかし、17行目に、「このかれくさは やはらかだ」と書いてあって、城址の草は、まだ完全に緑になっていないようです。
「帽子」は、のちのち賢治のトレードマークになった例の黒いハット(オカマ帽w)です
中原中也の有名な写真も、同じ形の黒い帽子をかぶっていますね‥
黒いオカマ帽に、ロシア風の黒いマント‥当時の“文学青年”のはやりだったようです。
しかし、賢治は、買ったばかりの帽子が憎たらしくなって、「ぎらぎら湧いている」陰影のついた雲に向かって投げつけると、
落ちてきた帽子は草にひっかかって、持ち主をばかにしたように、ポコンと立ちます。
“詩人気取り”で、誰も来ない草はらに寝転んで、《心象スケッチ》などしている自分に対する・アンビヴァレンツな愛憎が、現れているのかもしれません‥
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