ゆらぐ蜉蝣文字


第1章 春と修羅
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1.2.5


農場へ行く道を歩いていた時は、雪はぽしゃぽしゃ溶けるし、凍ったでこぼこ道は滑りやすくなって、「あてにならない」風景だったのですが、

この《上丸耕地》のあたりまで来ると☆、「冴えた気流」、つまり、やや強い風が地上の雪を吹き上げて、軽い地吹雪を起こしていました。

☆(注) 35行目の「耕耘部へはここから行くのがちかい」という記述から、作者は、旧網張街道と、耕耘部近道の農道(現在のバス通り)との分岐点、つまり《上丸耕地》の南端(現在の“四ツ森牛舎”の坂の下)にいるのが分かります。詳しくは、第3章「小岩井農場」で検討します。

. 春と修羅・初版本

42‥きらきらする雪の移動のなかを
 〔…〕
44往つたりきたりなんべんしたかわからない
 〔…〕
47風やときどきぱつとたつ雪…
(パート四)

舞い上がった雪の結晶が、日に照らされてきらきら光ったり、
また一陣の風が吹いて、遠くの野原の雪がぱっと吹き上がったり‥という風景のなかで、

作者は、訪問した用事も忘れて、《上丸耕地》の広い野原を、何度も行ったり来たり散策したのです(⇒:小岩井農場《パート9》3.10.9

. 春と修羅・初版本

40この冬だつて耕耘部まで用事で來て
41こヽいらの匂のいヽふぶきのなかで
42なにとはなしに聖[きよ]いこころもちがして
43凍えさうになりながらいつまでもいつまでも
44いつたり來たりしてゐました
(パート九)

これで、ようやく作品「くらかけの雪」の

06ほんたうにそんな酵母のふうの
07朧ろなふぶきですけれども

のイメージが目に浮かんできたと思います。
ぽしゃぽしゃした「野はら」や「はやし」と・そんなに変わらない、ぼやっと薄く広がって吹いてくる地吹雪にすぎないけれども、ともかく、いい匂いがして、なんとなく聖(きよ)い気持ちになって身が引き締まる──そんな体験を言っているのだと思います。

見上げれば、鞍掛山の尾根続きの雪は、雲が切れて日が当たるたびに白く光っている。それは、日本アルプスや高山の冠雪のような神々しさは無いけれど、‥雑木に被われてくすんだ色の冠雪だけれども、

08ほのかなのぞみを送るのは
09くらかけ山の雪ばかり

なのです。。。

ここまでをまとめますと:

作者は、行く手の遠方に光る鞍掛山の冠雪だけを心の頼りにして、歩いている。いま作者のまわりにあるのは、森や野原の積雪が日に照らされて融け、ぽしゃぽしゃと垂れ落ちている当てにならないけしきである。ときどき、ぱっとたつ地吹雪も、おぼろげな酵母のようで、やはり捉えどころのない曖昧なものだが、その中を歩いていると、気が引き締まって清い心地がする。そこで、鞍掛山の冠雪の輝きに仄かな希望を託して、とぼとぼと歩いて行くのだ‥。それは、

10(ひとつの古風な信仰です)

と言うのです。


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