ゆらぐ蜉蝣文字


第0章 いんとろ
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0.8.4


しかし、ギトンは、この夜について賢治が書いた文章を読んでいると、あの『銀河鉄道の夜』の原型を見る思いがするのです。

ジョバンニがカムパネルラに向かって言う最後の言葉:

「どこまでもどこまでも僕たち一諸に進んで行かう。」

「カムパネルラ、僕たち一緒に行かうねえ。」

『銀河鉄道の夜』では、カムパネルラが消えてしまったことによって、↑これはジョバンニの一方的な呼びかけになってしまうのですが‥‥

岩手山の山裾での“銀河の下の誓い”は、一方的でなく、賢治と嘉内の双方が、この言葉を固く約束しあったのだと思うのです。

そして、賢治の“消えたたいまつを吹き合った”にしろ、嘉内の“まことの恋人よ、倚[もた]り来よ”にしろ、ほかのことでは難しい内容を論じているわりには、子どものように単純ではないでしょうか。

菅原氏が慎重を期しておられるように、「通俗的なホモセクシュアルと解」してはいけないのかもしれませんが、

やはり、ギトンは、この“誓い”の夜に、二人の間に、真に恋人となる行為があったと思うのです。

  ◇◆◇ 引き裂かれた愛の絆 ◆◇◆

賢治が嘉内より一足先に卒業することとなる1918年3月、嘉内は突如として学校から強制退学(除籍)を言い渡されます。処分は、校舎に掲示されただけで、本人に通知もされなかったようです。処分理由も、いっさい明らかにされませんでした。

後世の賢治研究の中では、保阪嘉内が《アザリア》に書いた文章「社会と自分」の次の一節が、“虚無思想”の疑いを抱かせ、学校当局が危険視して隠密裏に排除したのではないかと推測されています:

「今だ、今だ、世のあらゆるものの上にあつて住むべき時がわれに来たつた。あゝ最後の日は近づけり、さばきの日は近づけり、偽善者よ去れ、悧口者よ走れ、

 ほんとうにでっかい力。力。力。おれは皇帝だ。おれは神様だ。おい今だ、今だ、帝室をくつがえすの時は、ナイヒリズム」

また、賢治がのちに書き残した『大礼服の例外的効果』という散文から、
この時、保阪が首謀者となって、高等学校への軍事教練の導入に反対する全国的な学生運動に同調する行動を起こそうとした──と推測する人もいます。

いずれにせよ、前の年11月に起きたロシア10月革命という事件が、保阪、学校当局、双方に影響を与えていたことは、まちがえないと思われます。

理由はともかく、すでに下された処分は、まったく何を言っても微動だにしない強硬なものでしたから、

卒業後の進路も未決定なまま研究生になり、保阪と“もう1年間”のハニー・エポックを過ごせると思っていた賢治には、大きな打撃でした。

賢治と嘉内は、離れ離れに暮らすこととなったわけですが、
それ以上に混乱を大きくしたのは、

一方では、保阪が学籍を失って、身の振り方にあがいている矢先に、母親の病死という不幸が重なったこと、

他方、賢治は、家業(古着商、実質は無許可の質店ないし闇金融)を継ぐよう命ずる父との争論が激しくなり、浄土真宗の熱心な信者だった父から離反すべく、急速に“日蓮宗”へ傾斜して行きます。

そして、賢治は、保阪に対しても、狂信的なまでに執拗に入信を勧めるようになるのです。

ギトンは、この賢治の狂信が、二人の間に亀裂を作った最大の原因だと思います。




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