宮沢賢治の《いきいきとした現在》へ


第5章 「心象スケッチ」がめざしたもの
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「ほのあかり秋のあぎとは、    ももどりのねぐらをめぐり、

 官
(つかさ)の手からくのがれし、   社司の子のありかを知らず。

 社殿にはゆふべののりと、    ほのかなる泉の声や、

 そのはははことなきさまに、   しらたまのもちひをなせる。」

〔定稿〕



「『ほのあかり秋のあぎとは、ももどりのねぐらをめぐり』では、生命あるものたちの脅えがある。『秋のあぎと』の恐ろしさは増し、『なれ』をはじめ、その家族、その友である作者を、そしてなべての生命を脅かすイメージとなる。」

 短歌において作者の
「脅迫感を映した自然描写としての『秋のあぎと』は、なべての生命を脅かす暗い存在へと変っている。『ほのあかり秋のあぎとは』という定稿の書き出しは不気味である。もし定稿だけを読んだなら、『秋のあぎと』が何であるかはわかりにくい。山の稜線なんどはとても思い浮ばず、形のない雰囲気としての不気味さを感じさせられよう。それが友を追う『官の手』を動かしている黒い機構を象徴しているのだ、といってもよいであろう。」
「『秋のあぎと』考」,in:『小沢俊郎宮沢賢治論集3』,pp.38-39.



 作品から受ける印象は、人によって多少の違いがあるのがふつうです。どういう“読み方”が正しいとか、まちがっているということはないのだと、よく言われます。そこで、私の受けた印象を少し述べてみたいと思います。

 小沢氏は、〔下書稿(四)〕から変化した第1行で、「『秋のあぎと』の恐ろしさは増し」「なべての生命を脅かす」不気味なイメージになったと解説しておられます。しかし、私は逆に、〔下書稿(四)〕から〔定稿〕への変化で、作者の(読者の)眼は、舞台を囲繞する「秋のあぎと」の内側から外側へ移って、外からこの場面を見ているような感じがするのです。短歌の段階以来、「あぎと」に取り囲まれた、いわば“被害者”の立場に身を置いていた作者の視線が、そこから脱出したような気がします。そのぶん、不気味さは薄らいでいるかもしれません。

 つまり、主情性からの脱出が見られると思います。

 しかし、神社のたたずまいと両親の平生なふるまいに向けられた作者の感銘の視線は、変わりません。そして、(この部分の字句は動いていないのですが)母の扱う「白玉の もちい」の白くて柔らかい丸い形が、これまでになく印象深くクローズアップされます。







 こうして、最初の短歌から、最晩年の文語詩定稿までを見てきましたが、その間、「秋のあぎと」という語句はずっとあったわけです。つまり、作者は、最初の 1919年秋に「秋のあぎと」を、自らを取り囲む世界として《体験》したあと、10回以上、少なくとも想像上で《追体験》していることになります。そのなかには、視覚での再体験もあったかもしれません。

 推敲による・そのような《追体験》は、作品の内容を普遍化する方向性を持っていると言えそうです。細かいデテールはしだいに淘汰されて、いわば、理念化され純化された原初の風景が、奥深く見透かされてくると言ってもよいかもしれません。

 このことは、フッサールの言う《形相的還元》という意識の操作を思い起こさせます。


 《形相的還元》(「本質直観」「本質看取」とも言います)は、名前はぎょうぎょうしいですが、この『序説』の前半で見た《現象学的還元》(超越論的還元)よりは、ずっとかんたんなことです。


「フッサールは、すべての人びとが本質直観を実行しているのだと繰り返し言って」
います。
メルロ=ポンティ,木田元・訳「人間の科学と現象学」(原:1950-51年 講義), in:木田元・編『人間の科学と現象学』,メルロ=ポンティ・コレクション 1,2001,みすず書房,p.95.
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