宮沢賢治の《いきいきとした現在》へ
□第5章 「心象スケッチ」がめざしたもの
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もっとも、保阪嘉内のほうの資料―――《アザリア》掲載の「打てば響く」―――を見ると、「真理の道、無上道」を進む決意は、もっぱら賢治が有していたように思われますが、ともに「理想の国をめざ」すという点は、嘉内も同意していたと思われます。
消えたたいまつを、たがいに吹き合って、熾火の輝きを見つめた二人の《体験》は、たがいに励まし合って、青春の理想へ向ってゆく決意を象徴するものです。それは、2年ほどのちの手紙では、「一諸に明るい街を歩くには適し」ない、ふたりだけのひそやかな絆となり、10年以上のちの《追体験》では、「たゞならずしていとゞ恐ろし」いものに変貌しています。
この《追体験》の映像は、晩年の賢治のペシミズムを示しています。それも、片や理想に、片や同性愛の葛藤に彩られたこの“原体験”の一面にほかならないのです。
他方で、晩年の賢治は、オプティミスティックな面も持っていました。固定した理念にとらわれることなく、“現象”――さまざまな“あらわれ”を見てゆく賢治の《方法》は、絶望と理想を同時に見ることを可能にしたからです。
相対主義のかなたに、どの宗教をも絶対視することなく、まだ見ぬ共通の“真理”の存在を信じ、科学を手段とする合理的な農民生活のなかに、芸術を包摂してゆこうとする調和ある理想世界が展望されていました:
「 〔…〕
諸君はこの時代に強ひられ率ひられ、
奴隷のやうに忍従することを欲するか
むしろ諸君よ 更にあらたな正しい時代をつくれ
宙宇は絶えずわれらに依って変化する
潮汐や風、
あらゆる自然の力を用ひ尽すことから一足進んで
諸君は新たな自然を形成するのに努めねばならぬ
〔…〕
衝動のやうにさへ行はれる
すべての農業労働を
冷く透明な解析によって
その藍いろの影といっしょに
舞踊の範囲に高めよ
〔…〕
新たな詩人よ
嵐から雲から光から
新たな透明なエネルギーを得て
人と地球にとるべき形を暗示せよ
新たな時代のマルクスよ
これらの盲目な衝動から動く世界を
素晴しく美しい構成に変へよ
諸君はこの颯爽たる
諸君の未来圏から吹いて来る
透明な清潔な風を感じないのか」
『詩ノート・付録』「一九二七年に於ける/盛岡中学校生徒諸君に寄せる」より。
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