宮沢賢治の《いきいきとした現在》へ


第4章 “こころ”と世界
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 (ii) 「スケッチ」


【この節のアウトライン】 「小岩井農場・パート4」の一場
面を材料として、「心象スケッチ」の実際を
検証する。スケッチされる「心象」とは周囲
世界であり、「スケッチ」とは、周囲世界か
ら絶え間なく次々に投げかけられる所与を記
述することである。



 前節での検討から、賢治の言う「心象」とは、少なくとも作品に即して見るかぎり、「直感像」や‘想像された視覚像’のような・作者の“こころ”の中に固定された映像ではないと言えます。

 作品を読んで受ける印象から言えば、それとは逆に、“「心象」という世界の中に作者がいる”と言ったほうが、よりぴったりとします。私たちの目には、その世界は、現実的に映る場合もあれば、幻想的に映る場合もあるわけですけれども、いずれにしろ作者はその世界のなかで生き、呼吸し、その世界の諸事物と交わりつつ、「スケッチ」をつむぎ出しているように見えます。

 またそれは、単なる“像”や動画ではなく、そこには思考も、メッセージのやりとりもあります。

 作者の周囲で、「心象」はいつも流れ、動いています。その流れのなかに、作者自身が生きて動いている‥‥、つまり「心象」とは、作者によって‘体験され’生きられた空間だと言ってよいと思います。


◇    ◇


 ところで、宮沢賢治が生前に「スケッチ」を行なっていたありさまは、農学校の生徒など、多くの人によって証言されています。それらの証言から推定される賢治の「スケッチ」の実際を、入沢康夫氏は、↓つぎのように述べています:


「実際、スケッチという呼び名は大変彼の作品を呼ぶのにふさわしいと思われるのですが、それは、何よりも彼自身が作品を書きつけるときの態度が非常にスケッチ的だったということです。
〔…〕証言も残っております。〔…〕その頃生徒たちを連れて野山を歩きまわったりということがよくありました。そういう時に、〔…〕首から紐でシャープペンシルを吊し、そしてポケットに手帳が入っていて、何か感ずることがあったり、ものを見たりすると、すかさずポケットから手帳を出してそれに書きつける。その書き方が大変速いんで、他の者が見ても読めるような字じゃない。〔…〕

 その頃の手帳は残っていないわけです。しかし、たくさんの人の証言があることで、賢治が『スケッチ』という方法で口語詩の作品を書きはじめたことは、たしかなことだと思う。」

入沢康夫『宮沢賢治 プリオシン海岸からの報告』,1991,筑摩書房,pp.297-298.



 しかし、その一方で、賢治の遺した膨大な草稿に見られる特徴から、入沢氏は、野山での速記的なメモから、じっさいの「スケッチ」作品ができあがる過程を、↓つぎのように想定しておられます:


「ここで気をつけなくてはいけないのは、今私たちが読む作品は彼が現場で書いたスケッチとずいぶん違ったものであるという点なんです。」

「この手帳に書いたものから、のちに別の紙に書き写す
〔…〕一遍とりあえずスケッチしてきたものを紙の上に書き写しただけでは満足しないで、それを何度も何度も書き直している。〔…〕

 現場でとってきた『スケッチ』は、
〔…〕メモ的な走り書きで、自分でも後で読めないくらいのものもある。それを、家へ帰ってきてから、あるいは農学校の宿直室やなんかで、別の紙に書き写しながら整えて行くわけです。〔…〕

 まあ、こういう意味での推敲は、たいていの詩人がやっていることですが、賢治の場合、単なる辞句をととのえたり、誤りを正したり、記憶を空白で補ったりするだけでない手入れ、現場の事実を別なものにとりかえてしまう手入れも、そこに見出されます。」

入沢康夫『宮沢賢治 プリオシン海岸からの報告』,1991,筑摩書房,pp.300-301.
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