『心象スケッチ 春と修羅』
□小岩井農場
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くらかけ山の下あたりで
ゆつくり時間もほしいのだ
あすこなら空氣もひどく明瞭で
樹でも艸でもみんな幻燈だ
もちろんおきなぐさも咲いてゐるし
野はらは黒ぶだう酒しゆのコツプもならべて
わたくしを款待するだらう
そこでゆつくりとどまるために
本部まででも乘つた方がいい
今日ならわたくしだつて
馬車に乘れないわけではない
(あいまいな思惟の螢光
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きつといつでもかうなのだ)
もう馬車がうごいてゐる
(これがじつにいヽことだ
どうしやうか考へてゐるひまに
それが過ぎて滅なくなるといふこと)
ひらつとわたくしを通り越す
みちはまつ黒の腐植土で
雨あまあがりだし彈力もある
馬はピンと耳を立て
その端はじは向ふの青い光に尖り
いかにもきさくに馳けて行く
うしろからはもうたれも來ないのか