『心象スケッチ 春と修羅』
□小岩井農場
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さつき盛岡のていしやばでも
たしかにわたくしはさうおもつてゐた
このひとが砂糖水のなかの
つめたくあかるい待合室から
ひとあしでるとき……わたくしもでる
馬車がいちだいたつてゐる
馭者ぎよしやがひとことなにかいふ
黒塗りのすてきな馬車だ
光澤つや消けしだ
馬も上等のハツクニー
このひとはかすかにうなづき
それからじぶんといふ小さな荷物を
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載つけるといふ氣輕なふうで
馬車にのぼつてこしかける
(わづかの光の交錯だ)
その陽ひのあたつたせなかが
すこし屈んでしんとしてゐる
わたくしはあるいて馬と並ぶ
.これはあるひは客馬車だ
どうも農塲のらしくない
わたくしにも乘れといへばいい
馭者がよこから呼べばいい
乘らなくたつていヽのだが
これから五里もあるくのだし