『心象スケッチ 春と修羅』
□小岩井農場
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さわやかだし顔も見えるから
ここからはなしかけていヽ
シヤツポをとれ(黒い羅沙もぬれ)
このひとはもう五十ぐらゐだ
(ちよつとお訊ぎぎ申しあんす
盛岡行ぎ汽車なん時だべす)
(三時だたべが)
すゐぶん悲しい顔のひとだ
博物館の能面にも出てゐるし
どこかに鷹のきもちもある
うしろのつめたく白い空では
ほんたうの鷹がぶうぶう風を截る
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雨をおとすその雲母摺きらずりの雲の下
はたけに置かれた二臺のくるま
このひとはもう行かうとする
白い種子は燕麦オートなのだ
(燕麦オート播まぎすか)
(あんいま向もごでやつてら)
この爺さんはなにか向ふを畏れてゐる
ひじやうに恐ろしくひどいことが
そつちにあるとおもつてゐる
そこには馬のつかない廐肥車こやしぐるまと
けわしく翔ける鼠いろの雲ばかり
こはがつてゐるのは