『心象スケッチ 春と修羅』
□小岩井農場
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荷馬車がたしか三臺とまつてゐる
生なまな松の丸太がいつぱいにつまれ
陽がいつかこつそりおりてきて
あたらしいテレピン油の蒸氣壓
一臺だけがあるいてゐる。
けれどもこれは樹や枝のかげでなくて
しめつた黒い腐植質と
石竹せきちくいろの花のかけら
さくらの並樹になつたのだ
こんなしづかなめまぐるしさ。
この荷馬車にはひとがついてゐない
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馬は拂ひ下げの立派なハツクニー
脚のゆれるのは年老つたため
(おい ヘングスト しつかりしろよ
三日月みたいな眼つきをして
おまけになみだがいつぱいで
陰氣にあたまを下げてゐられると
おれはまつたくたまらないのだ
威勢よく桃いろの舌をかみふつと鼻を鳴らせ)
ぜんたい馬の眼のなかには複雑なレンズがあつて
けしきやみんなへんにうるんでいびつにみえる……
……馬車挽きはみんなといつしよに
向ふのどてのかれ草に