『心象スケッチ 春と修羅』
□東岩手火山
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雪でなく、仙人草のくさむらなのだ
さうでなければ高陵土カオリンゲル
残りの一つの提灯は
一升のところに停つてゐる
それはきつと河村慶助が
外套の袖にぼんやり手を引つ込めてゐる
《御室おむろの方の火ロへでもお入りなさい
噴火口へでも入つてごらんなさい
硫黄のつぶは拾へないでせうが》
斯んなによく聲がとヾくのは
メガホーンもしかけてあるのだ
しばらく躊躇してゐるやうだ
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《先生 中さ入はいつてもいがべすか》
《えヽ、おはいりなさい 大丈夫です》
提灯が三つ沈んでしまふ
そのでこぼこのまつ黒の線
すこしのかなしさ
けれどもこれはいつたいなんといふいヽことだ
大きな帽子をかぶり
ちぎれた朱子のマントを着て
薬師火口の外輪山の
しづかな月明を行くといふのは
この石標は