『心象スケッチ 春と修羅』
□東岩手火山
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そして暖かなことはなかつたのです
麓の谷の底よりも
さつきの九合の小屋よりも
却つて暖かなくらゐです
今夜のやうなしづかな晩は
つめたい空氣は下へ沈んで
霜さへ降らせ
暖い空氣は
上に浮んで來るのです
これが氣温の逆轉です》
御室火口の盛りあがりは
月のあかりに照らされてゐるのか
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それともおれたちの提灯のあかりか
提灯だといふのは勿体ない
ひわいろで暗い
《それではもう四十分ばかり
寄り合つて待つておいでなさい
さうさう、北はこつちです
北斗七星は
いま山の下の方に落ちてゐますが
北斗星はあれです
それは小熊座といふ
あの七つの中なのです
それから向ふに