『心象スケッチ 春と修羅』
□東岩手火山
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ああ、暗い雲の海だ
《向ふの黒いのはたしかに早池蜂です
線になつて浮きあがつてるのは北上山地です
うしろ?
あれですか、
あれは雲です、柔らかさうですね、
雲が駒ケ嶽に被さつたのです
水蒸氣を含んだ風が
駒ケ嶽にぶつつかつて
上にあがり、
あんなに雲になつたのです。
鳥海山ちやうかいさんは見えないやうです、
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けれども
夜が明けたら見えるかもしれませんよ》
(柔かな雲の波だ
あんな大きなうねりなら
月光會社の五千噸の汽船も
動揺を感じはしないだらう
その質は
蛋白石、glass-wool
あるひは水酸化礬土の沈澱
《じつさいこんなことは稀なのです
わたくしはもう十何べんも來てゐますが
こんなにしづかで