『心象スケッチ 春と修羅』
□無聲慟哭
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言ひかけてなぜ堀田はやめるのか
おしまひの聲もさびしく反響してゐるし
さういふことはいへばいい
(言はないなら手帳へ書くのだ)
とし子とし子
野原へ來れば
また風の中に立てば
きつとおまへをおもひだす
おまへはその巨きな木星のうへに居るのか
鋼青壮麗のそらのむかふ
(ああけれどもそのどこかも知れない空間で
光の紐やオーケストラがほんたうにあるのか
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…………此処こごあ日あ永なあがくて
一日いちにぢのうちの何時いづだがもわがらないで……
ただひときれのおまへからの通信が
いつか汽車のなかでわたくしにとどいただけだ
とし子 わたくしは高く呼んでみやうか
《手凍かげえだ》
《手凍えだ?
俊夫ゆぐ凍えるな
こないだもボダンおれさ掛げらせだぢやい》
俊夫といふのはどつちだらう 川村だらうか
あの青ざめた喜劇の天才「植物醫師」の一役者
わたくしははね起きなければならない