『心象スケッチ 春と修羅』

□無聲慟哭
11ページ/14ページ


言ひかけてなぜ堀田はやめるのか
おしまひの聲もさびしく反響してゐるし
さういふことはいへばいい
  (言はないなら手帳へ書くのだ)
とし子とし子
野原へ來れば
また風の中に立てば
きつとおまへをおもひだす
おまへはその巨きな木星のうへに居るのか
鋼青壮麗のそらのむかふ
 (ああけれどもそのどこかも知れない空間で
  光の紐やオーケストラがほんたうにあるのか


────────


  …………此処
こごあ日あ永あがくて
      一日
いちにぢのうちの何時いづだがもわがらないで……
  ただひときれのおまへからの通信が
  いつか汽車のなかでわたくしにとどいただけだ
とし子 わたくしは高く呼んでみやうか
 《手凍
かげえだ》
 《手凍えだ?
  俊夫ゆぐ凍えるな
  こないだもボダンおれさ掛げらせだぢやい》
俊夫といふのはどつちだらう 川村だらうか
あの青ざめた喜劇の天才「植物醫師」の一役者
わたくしははね起きなければならない


次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ