『心象スケッチ 春と修羅』

□オホーツク挽歌
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白い尖つたあごや頬がゆすれて
ちいさいときよくおどけたときにしたやうな
あんな偶然な顔つきにみえた
けれどもたしかにうなづいた
   《ヘツケル博士!
    わたくしがそのありがたい證明の
    任にあたつてもよろしうございます》
 仮睡硅酸
かすゐけいさんの雲のなかから
凍らすやうなあんな卑怯な叫び聲は……
 (宗谷海峽を越える晩は
  わたくしは夜どほし甲板に立ち
  あたまは具へなく陰温の霧をかぶり


────────


  からだはけがれたねがひにみたし
  そしてわたくしはほんたうに姚戰しやう)
たしかにあのときはうなづいたのだ
そしてあんなにつぎのあさまで
胸がほとつてゐたくらゐだから
わたくしたちが死んだといつて泣いたあと
とし子はまだまだこの世かいのからだを感じ
ねつやいたみをはなれたほのかなねむりのなかで
ここでみるやうなゆめをみてゐたかもしれない
そしてわたくしはそれらのしづかな夢幻が
つぎのせかいへつヾくため
明るいいヽ匂のするものだつたことを


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