『心象スケッチ 春と修羅』

□オホーツク挽歌
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枕木を燒いてこさえた柵が立ち
   (八月の よるのしづまの 寒天
アガア凝膠ゼル
支手のあるいちれつの柱は
なつかしい陰影だけでできてゐる
黄いろなラムプがふたつ點

せいたかくあほじろい驛長の
眞鍮棒もみえなければ
じつは驛長のかげもないのだ
   (その大學の昆蟲学の助手は
    こんな車室いつぱいの液体のなかで
    油のない赤髮
をもぢやもぢやして
    かばんにもたれて睡つてゐる)


────────


わたくしの汽車は北へ走つてゐるはづなのに
ここではみなみへかけてゐる
燒杭の柵はあちこち倒れ
はるかに黄いろの地平線
それはビーアの澱
をりをよどませ
あやしいよるの 陽炎と
さびしい心意の明滅にまぎれ
水いろ川の水いろ驛
  (おそろしいあの水いろの空虚なのだ)
汽車の逆行は希求
ききうの同時な相反性
こんなさびしい幻想から
わたくしははやく浮びあがらなければならない


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