『心象スケッチ 春と修羅』
□オホーツク挽歌
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そつちだらう、向ふには行つたことがないからと
さう云つたことでもよくわかる
いまわたくしを親切なよこ目でみて
(その小さなレンズには
たしか樺太の白い雲もうつつてゐる)
朝顔よりはむしろ牡丹ピオネアのやうにみえる
おほきなはまばらの花だ
まつ赤な朝のはまなすの花です
ああこれらのするどい花のにほひは
もうどうしても 妖精のしわざだ
無數の藍いろの蝶をもたらし
またちいさな黄金の槍の穂
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軟玉の花瓶や青い簾
それにあんまり雲がひかるので
たのしく激しいめまぐるしさ
馬のひづめの痕が二つづつ
ぬれて寂まつた褐砂の上についてゐる
もちろん馬だけ行つたのではない
広い荷馬車のわだちは
こんなに淡いひとつづり
波の來たあとの白い細い線に
小さな蚊が三疋さまよひ
またほのぼのと吹きとばされ
貝殻のいぢらしくも白いかけら