『心象スケッチ 春と修羅』
□風景とオルゴール
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電燈はよほど熟してゐる
風がもうこれつきり吹けば
まさしく吹いて来る劫カルパのはじめの風
ひときれそらにうかぶ暁のモテイーフ
電線と恐ろしい玉髄キヤルセドニの雲のきれ
そこから見當のつかない大きな青い星がうかぶ
(何べんの戀の償ひだ)
そんな恐ろしいがまいろの雲と
わたくしの上着はひるがへり
(オルゴールをかけろかけろ)
月はいきなり二つになり
盲ひた黒い暈をつくつて光面を過ぎる雲の一群
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(しづまれしづまれ五間森
木をきられてもしづまるのだ)
風の偏倚
風が偏倚して過ぎたあとでは
クレオソートを塗つたばかりの電柱や
逞しくも起伏ずる暗黒山稜あんこくさんりようや
(虚空は古めかしい月汞げつこうにみち)
研ぎ澄まされた天河石天盤の半月