『心象スケッチ 春と修羅』
□風景とオルゴール
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《ああ お月さまが出てゐます》
ほんたうに鋭い秋の粉や
玻璃末はりまつの雲の稜に磨かれて
紫磨銀彩しまぎんさいに尖つて光る六日の月
橋のらんかんには雨粒がまだいつぱいついてゐる
なんといふこのなつかしさの湧あがり
水はおとなしい膠朧体だし
わたくしはこんな過透明くわとうめいな景色のなかに
松倉山や五間森ごけんもり荒つぽい石英安山岩デサイトの岩頸から
放たれた剽悍な刺客に
暗殺されてもいいのです
(たしかにわたくしがその木をきつたのだから)
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(杉のいただきは黒くそらの椀を刺し)
風が口笛をはんぶんちぎつて持つてくれば
(氣の毒な二重感覺の機關)
わたくしは古い印度の青草をみる
崖にぶつつかるそのへんの水は
葱のやうに横に外それてゐる
そんなに風はうまく吹き
半月の表面はきれいに吹きはらはれた
だからわたくしの洋傘は
しばらくぱたぱた言つてから
ぬれた橋板に倒れたのだ
松倉山松倉山尖つてまつ暗な悪魔蒼鉛の空に立ち