『心象スケッチ 春と修羅』

□風景とオルゴール
18ページ/24ページ



過去情炎


截られた根から青じろい樹液がにじみ
あたらしい腐植のにほひを嚊ぎながら
きらびやかな雨あがりの中にはたらけば
わたくしは移住の清教徒
ピユリタンです
雲はぐらぐらゆれて馳けるし
梨の葉にはいちいち精巧な葉脈があつて
短果枝には雫がレンズになり
そらや木やすべての景象ををさめてゐる


────────


わたくしがここを環に堀つてしまふあひだ
その雫が落ちないことをねがふ
なぜならいまこのちいさなアカシヤをとつたあとで
わたくしは鄭重
ていちようにかがんでそれに唇をあてる
えりおりのシヤツやぼろぼろの上着をきて
企らむやうに肩をはりながら
そつちをぬすみみてゐれば
ひじやうな悪漢
わるものにもみえやうが
わたくしはゆるされるとおもふ
なにもかもみんなたよりなく
なにもかもみんなあてにならない
これらげんしやうのせかいのなかで


次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ