『心象スケッチ 春と修羅』
□風景とオルゴール
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森はどれも群青に泣いてゐるし
松林なら地被もところどころ剥げて
酸性土壤ももう十月になつたのだ
私の着物もすつかり thread-bare
その陰影のなかから
逞ましい向ふの土方がくしやみをする
氷河が海にはいるやうに
白い雲のたくさんの流れは
枯れた野原に注いでゐる
だからわたくしのふだん決して見ない
小さな三角の前山なども
はつきり白く浮いてでる
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栗の梢のモザイツクと
鐵葉細工ぶりきざいくのやなぎの葉
水のそばでは堅い黄いろなまるめろが
枝も裂けるまで實つてゐる
(こんどばら撒いてしまつたら……
ふん、ちやうど四十雀のやうに)
雲が縮れてぎらぎら光るとき
大きな帽子をかぶつて
野原をおほびらにあるけたら
おれはそのほかにもうなんにもいらない
火薬も燐も大きな紙幣もほしくない