『心象スケッチ 春と修羅』
□風景とオルゴール
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青い抱擁衝動や
明るい雨の中のみたされない唇が
きれいにそらに溶けてゆく
日本の九月の氣圏てす
そらは霜の織物をつくり
萓かやの穗の滿潮まんてふ
(三角山さんかくやまはひかりにかすれ)
あやしいそらのバリカンは
白い雲からおりて來て
早くも七つ森第一梯形ていけいの
松と雜木ざふぎを刈りおとし
野原がうめばちさうや山羊の乳や
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沃度の匂で荒れて大へんかなしいとき
汽車の進行ははやくなり
ぬれた赤い崖や何かといつしよに
七つ森第二梯形の
新鮮な地被ちひが刈り拂はれ
手帳のやうに青い卓状臺地テーブルランドは
まひるの夢をくすぼらし
ラテライトのひどい崖から
梯形第三のすさまじい羊齒や
こならやさるとりいばらが滑り
(おお第一の紺青の寂寥)
縮れて雲はぎらぎら光り