『心象スケッチ 春と修羅』
□真空溶媒
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たいへんお顔いろがわるいやうです
(いやありがたう
べつだんどうもありません
あなたはどなたですか)
(わたくしは保安掛りです)
いやに四かくな背はい嚢だ
そのなかに苦味丁幾くみちんきや硼酸ほうさんや
いろいろはいつてゐるんだな
(さうですか
今日なんかおつとめも大へんでせう)
(ありがたう
いま途中で行き倒たほれがありましてな)
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(どんなひとですか)
(りつぱな紳士です)
(はなのあかいひとでせう)
(さうです)
(犬はつかまつてゐましたか)
(臨終りんじふにさういつてゐましたがね
犬はもう十五哩もむかふでせう
じつにいヽ犬でした)
(ではあのひとはもう死にましたか)
(いヽえ露がおりればなほります
まあちよつと黄いろな時間だけの假死ですな
ううひどい風だ まゐつちまふ)