『心象スケッチ 春と修羅』
□真空溶媒
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かなりの影えいきやうをあたへるのだ
すなはち雲がだんだんあをい虚空に融けて
たうたういまは
ころころまるめられたパラフヰンの團子だんごになつて
ぽつかりぽつかりしづかにうかぶ
地平線はしきりにゆすれ
むかふを鼻のあかい灰いろの紳士が
うまぐらゐあるまつ白な犬をつれて
あるいてゐることはじつに明らかだ
(やあ こんにちは)
(いや いヽおてんきですな)
(どちらへ ごさんぽですか
────────
なるほど ふんふん ときにさくじつ
ゾンネンタールが没なくなつたさうですが
おききでしたか)
(いヽえ ちつとも
ゾンネンタールと はてな)
(りんごが中あたつたのださうです)
(りんご、ああ、なるほど
それはあすこにみえるりんごでせう)
はるかに湛たたえる花紺青の地面から
その金いろの苹果りんごの樹が
もくりもくりと延びだしてゐる
(金皮のまヽたべたのです)