『心象スケッチ 春と修羅』
□真空溶媒
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いつたいどこへ行つたのだ
上着もいつかなくなつてゐる
チヨツキはたつたいま消えて行つた
恐るべくかなしむべき眞空溶媒は
こんどはおれに働きだした
まるで熊の胃袋のなかだ
それでもどうせ質量不變の定律だから
べつにどうにもなつてゐない
といつたところでおれといふ
この明らかな牧師の意識から
ぐんぐんものが消えて行くとは情ない
(いやあ 奇遇ですな)
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(おお 赤鼻紳士
たうたう犬がおつかまりでしたな)
(ありがたう しかるに
あなたは一体どうなすつたのです)
(上着をなくして大へん寒いのです)
(なるほど はてな
あなたの上着はそれでせう)
(どれですか)
(あなたが着ておいでなるその上着)
(なるほど ははあ
眞空のちよつとした奇術ツリツクですな)
(えヽ さうですとも