『心象スケッチ 春と修羅』
□真空溶媒
10ページ/15ページ
ウーイ いヽ空氣だ)
そらの澄ちやう明 すべてのごみはみな洗はれて
ひかりはすこしもとまらない
だからあんなにまつくらだ
太陽がくらくらまはつてゐるにもかはらず
おれは数しれぬほしのまたたきを見る
ことにもしろいマヂエラン星雲
草はみな葉緑素を恢復し
葡萄糖を含む月光液げつくわうえきは
もうよろこびの脈さへうつ
泥炭がなにかぶつぶつ言つてゐる
(もしもし 牧師さん
────────
あの馳せ出した雲をごらんなさい
まるで天の競馬のサラアブレツトです)
(うん きれいだな
雲だ 競馬だ
天のサラアブレツドだ 雲だ)
あらゆる變幻の色彩を示し
……もうおそい ほめるひまなどない
虹彩はあはく変化はゆるやか
いまは一むらの軽い湯氣ゆげになり
零下二千度の眞空溶媒のなかに
すつととられて消えしまふ
それどこでない おれのステツキは