『心象スケッチ 春と修羅』
□春と修羅
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カーバイト倉庫
まちなみのなつかしい灯とおもつで
いそいでわたくしは雪と蛇紋岩サーペンタインとの
山峡さんけふをでてきましたのに
これはカーバイト倉庫の軒
すきとほつてつめたい電燈です
(薄明はくめいどきのみぞれにぬれたのだから
巻烟草に一本火をつけるがいい)
これらなつかしさの擦過は
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寒さからだけ来たのでなく
またさびしいためからだけでもない
コバルト山地
コバルト山地の氷霧のなかで
あやしい朝の火が燃ゐてゐます
毛無森けなしのもりのきり跡あたりの見當です
たしかにせいしんてきの白い火が
水より強くどしどしどしどし燃えてゐます