ゆらぐ蜉蝣文字


第7章 オホーツク挽歌
111ページ/250ページ


7.4.6


. 旭川

 六条にいま曲れば
 おゝ落葉松 落葉松 それから青く顫えるポプルス
 この辺に来て大へん立派にやってゐる
 殖民地風の官舎の一ならびや旭川中学校

旭川駅から北上して来たので、交差点を右折して六条通りに入ります。





「ポプルス(populus)」は、ヤマナラシ属の学名ですが、ここでは“ポプラ”のことです。

ヤマナラシ属には、ヤマナラシ、ドロノキ(←この2種は日本で自生)、ポプラなどが属します。ポプラは欧米の原産ですが、改良種が多く、植栽されます。

街路樹に多い・背の高いポプラは、populus nigra italica(イタリア・ハコヤナギ) という改良種です:画像ファイル:ポプラ、シダレヤナギ、胡楊

カラマツもポプラも、ここでは、街路樹として植えられたものでしょう。「この辺に来て大へん立派にやってゐる」というのは、そのことを言っています。

賢治は、故郷の岩手県で、ポプラの近縁のヤマナラシ、ドロノキや、カラマツを、たいへん愛でていましたから、ここにも植えられて、立派にやっているなと、感心しているのです。

「殖民地風の官舎」は、六条通に曲がってすぐに見えてくる市役所旧庁舎(朝鮮総督府に似た)。6条11丁目の旭川中学校も見えます。

じつは、この旭川中学校は、農事試験場が移転した跡地に建っているのです‥

 馬車の屋根は黄と赤の縞で
 もうほんたうにジプシイらしく
 こんな小馬車を
 誰がほしくないと云はうか。
 乗馬の人が二人来る
 そらが冷たく白いのに
 この人は白い歯をむいて笑ってゐる。
 バビロン柳、おほばことつめくさ。
 みんなつめたい朝の露にみちてゐる。

「ジプシイらし」いとは、素朴で華奢ではあっても、「黄と赤の縞」の屋根をつけた馬車の、カラフルな・しゃれた感じを言うのだと思います。

今度は、馬に乗った人が二人擦れ違います。

「そらが冷たく白い」「歯をむいて笑ってゐる」──みな、寒いくらい爽やかな早朝のけしきです。しかし、葉をむいて笑うという表現は、ちょっと引っかかりますね?w

「バビロン柳」は、シダレヤナギのこと。学名が salix babylonica なので、賢治は「バビロン柳」と呼ぶのです。

ヤナギ科には、ヤナギ属(salix)とヤマナラシ属(populus)がありますが、両族には、いろいろなヤナギがあって、シダレヤナギのように、細葉で枝の垂れるものは、むしろ稀です。ポプラのように枝が真上を向くヤナギや、ドロノキ、ヤマナラシのように三角〜丸い葉のヤナギがあります。

ヤナギを表す漢字には、「柳」と「楊」がありますが、「柳」はシダレヤナギ、「楊」は、しだれないヤナギという説があります。
.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ