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□好意の方向
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〜桐嶋 禅の場合〜



「ねえ?好意ってスキってことでしょ?」


まだ眠気の残る校了明けの朝、可愛い娘からの突然の質問に俺は一気に目を覚ました。


「あ、ああ、そうだな…」

「やっぱり!ありがとーパパ!」

「いや、でも、いきなりどうしたんだ?」

「ん?あのね、さっきテレビで言ってたの。
えっとね、
『後ろから呼んだときに、右から振り返るとその人はあなたに好意を持っています』って!」

「へー、そんな法則があるんだな。」


少し自慢げに説明するひよに、感心したような声をだしながらも、
俺は一瞬誰か好きな奴でも出来たのかとハラハラさせた胸をホッとなでおろした。


ひよは、『恋愛』とか『占い』とかいう類の言葉が大好きで、よくこういう話をしてくれる。

現に今も、星占いを見ながら「今日はピンクのハンカチにしなくちゃ!」なんて言って
既に用意してあった物を慌てて交換していた。


「じゃあ、パパいってきまぁす!」



俺はその声に、一瞬出てきそうになった
『やっぱりひよも女の子なんだな』という言葉を飲み込んだ。

「きをつけろよ」
「はーい」


危ない、怒られるところだったな。

俺はその小さい背中を見送りながら苦笑を浮かべると、自分も仕度を整え、会社へと向かった。






いくら校了明けとは言っても、編集長という仕事はそれなりに忙しい。


「ほんと、会議ながすぎ…」


朝一で入っていた会議をやっと終えた俺は
ため息交じりに悪態をつきながら携帯の画面へと目を落とした。


時計は、すでに昼飯の時間が終わった事を告げており、
メールボックスには部下からの業務連絡が数件溜まっていた。


まったく、色気のないメールばっかりだ。
横澤からのメールでも混ざってれば、テンションも上がるんだけどな。



俺はそんな事を考えながら、部下からのメールに目を通していく。

どうやら編集部に戻っても休む暇はないらしい。

まあ、定時を越えるほどではないだろうが、
一応横澤にメール入れておくか。
早めに捕まえておかないとあいつはすぐ逃てしまう。


『今日は家に来い』

俺が携帯にそう打ち込んだときだった。



「桐嶋さん?」


と背後で俺を呼ぶ声が聞こえた。
それは間違えるはずない、俺の嫁の声。


俺はその方向へ振り返ろうとして、今朝ひよが言っていたテレビ番組の事を思い出し、一瞬動きを止めた。


(あいつひよが言ってたテレビ見たのかな?)


今、俺が振り向こうとしたのは右。

もし横澤があのテレビを見ていたとしたら、そんな素直に振り向いてやるなんてつまらない。


そこから湧き上がるのは、好きなやつを虐めたいという、いたずら心。


つくづく性格が悪いな、俺―。

そんな事を考えながらも、俺は身体の向きを左へと変え横澤の方へと振り返った。


しかし、その瞬間


俺は自分の行動に後悔する。



”――なんて顔してるんだよ…お前。”



そこには明らかに傷ついた横澤の姿。


「……会議、帰りか?」

「ああ…」


さっき俺を呼んだ時とは違う、そのハリのない声からは、明らかに動揺がみえた。


「あのさ、よこ「俺、今からだから、もう行くわ」


そう言って横澤は俺の言葉を遮り、背を向け俺から離れていこうとする。
だが、ここで行かせてやるほど俺は無神経じゃねぇんだよ。


「横澤!」


今度は俺がその背中に呼びかける。
すると、横澤は少し首を動かし、
「何だ?」と不機嫌そうにこちらに振り向いた。


それは、あいつらしく控えめに見せた『好意の方向』



俺はその好意を受け取ると、横澤に近づき
「やっぱり右か」と笑ってみせた。


すると今まで不機嫌そうにしかめていた横澤の顔は一気に赤く染まる。



「ごめん、さっきのわざとだ」

「はぁ!?」

「だから、俺もさっき右から向こうとしたんだ。だけど素直に向くのも面白くないだろ?」

「…あんた、やっぱ、性格最悪だろ」

「お前があんなの気にするだなんて思わなかったんだ、でも、やっぱり可愛いな…お前」



俺がニヤリと悪戯に笑いながらそう言うと、横澤は更に顔を赤く染め、目線を斜め下にそらしてしまった。


俺の視線から逃れようとそらした視線。


ただそれだけなのだが、
今はどうもそういうことが気になる。



なあ?

横澤知ってるか?


目線を斜め下にそらす事も


『好意の証』なんだぜ?





「お前どんだけ俺のことすきなんだ?」




俺はそうやって横澤を十分からかった後
何か言い返そうとひらくその口を軽いキスで塞いでやった。


「・・・ん!!・・な!?アホか!!ここ会社だぞ!?」
「ああ、だから今はこれで我慢しといてやる、
その代わり今日は家に来いよ」



お前が可愛いのが悪いんだ。
むしろ、今コレだけで我慢できている俺を誰か褒めて欲しい。



俺は心の中でそう反論しながら、まだ文句を言い続ける愛しい人にそっと囁く。




「横澤、ごめん。オレスキだから」







だから、






今晩は覚悟しておけよ?









・・・・・・・・・・・・・・end.



あと柿。
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