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□好意の方向
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そのあと、会社の前で用事があるという木佐と別れた俺は、吉野の待つ家へと急いだ。
もう限界だった。
すぐにでも吉野を抱きしめたかった。
この恋に、正直不安がなかったわけではない。
吉野は…千秋は
もしかしたら幼馴染の俺を気遣って
無理して俺と付き合っているのではないかと、
そう思ったこともあった。
千秋のそばから離れようとしたことも
何度もあった。
でも、その度に千秋は俺を引き止めてくれて
俺を必要だと言ってくれた。
それでも、
片思いの期間が長くて、
叶わない恋だと諦めていた期間が長すぎて、
俺はずっと
ずっと
俺ばっかりが好きだと
そう思っていたから。
だから、千秋?
お前がそうやって無意識でする
そんな些細なことが
俺には…
たまらなく嬉しいんだ。
俺は千秋のマンションに着くと、あがる息を整えて合鍵で鍵を開け中に入り、見慣れた廊下を抜けてリビングへと入っていく。
するとそこには、まだ俺が帰ってくるとは思っていなかったのであろう、
のんきにソファーに座り漫画に集中する千秋の背中が見えた。
普段なら「コラ!プロットはどうした!」と一喝するところだが、今日は大目にみてやろう。
「千秋」
俺は千秋に優しく声をかけた。
すると、千秋は突然の俺の声にビクンっと身体を震わせ、ゆっくりとこちらを振り返る。
それは
まぎれもなく
『好意の方向』
千秋はきっと今、そんな方向の事を考えていないだろうな。
現に千秋は
「あ、ト、トリ!?は、早かったんだな…いや、プロット、今からしようと思ってたんだけどさ」
と、漫画を読んでいた事への言い訳をするのに必死だ。
普段は眉間のシワの原因になるであろう、その言動も今はとても愛おしい。
本当に俺はコイツに甘いな。
「だからな、その…今からちゃんと―――んんッ!!!?」
俺はフッと微笑みながら千秋を抱き寄せ、
まだ言い訳を続ける口をキスで塞いでやる。
そして、千秋の中に舌を滑り込ませると、逃げる千秋の舌を絡め取り、ねっとりと甘く、長く、その感覚を楽しんだ。
「ん・・・ふぅ・・んッ」
「ん、はっ・・・・!ちょ、もっ!!ト・・リィィ!!」
しばらくして、腕の中で暴れだした千秋に、しょうがなく唇をはずしてやると、千秋の潤んだ大きな瞳が俺を映しだす。
止めろと言うわりに、その目は明らかに俺を誘っているだろ・・・・。
しかし、すぐにまるで俺への抗議を思い出したかの様に鋭く俺を睨みつけてきた。
「な、なにすんだよ!いきなり!」
「…お前が悪い」
「はぁ!?意味わかんねぇよ、俺がプロット書かずに漫画読んでたからか!?」
千秋は、俺の腕の中から抜け出そうともがいているが、俺は放してやる気なんてさらさらない。
逆にそれをまたぐっと抱きしめ、そして耳元でわざと意地悪く囁いてやった。
「俺が右から振り向くのがそんなに嬉しかったか?」
すると、いきなり今まで暴れていた千秋の動きが止まる。
「な、なんでっっ」
「会社のやつに聞いた、それより千秋?お前もさっき右から振り向いたろ?」
「へ?うそ・・・」
その間の抜けた声に、
『無意識の好意』を確信した俺は千秋の耳元でもう一度囁く
「俺も嬉しかったぞ。千秋の好意」
少しいじめてやるつもりだった。
俺がこう言うと、きっと千秋は何も言えずに黙り込むから、
そうしたら「お前はどうなんだ?」と答えるまで聞いてやるつもりだったんだ。
でも、千秋は急に俺の背中に手をまわしたかとおもうと予想外の言葉を呟いた。
「あ、当たり前だろ」
小さいけど、確かに届いたその声に、俺の方が言葉を失ってしまった。
まったく・・・
コイツはどれだけ俺を夢中にさせたら気が済むんだ。
そう想いながら俺は更に強く、
千秋を抱きしめる。
「オレもスキ」
「オレもスキ」
重なったこの想いが永遠に続くように願いながら―。
.........................end.
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