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□06月14日。
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「ねぇ―りっちゃん知ってたぁ?今日はねぇ、キスの日なんだよ―」


校了日にはまだ遠く、落ち着いた雰囲気のエメラルド編集部に
作家さんとの打ち合わせを終え戻って来た木佐翔太の声が響き渡る。


「キス…ってあのキスですか?」

律は企画書を作る手を止め顔をあげた。

木佐は律の隣の席でニコニコしながらその問いに軽く頷いた。

「そそ。なんかね今森本先生が韓流にはまってるんだけど
韓国では毎月14日は恋人の記念日らしくて、
今月はキスの日なんだって」


さすがエメ編・・・
普通の会社で男がこんな話をするなんてありえないけど、
少女マンガを手がけるこの部署ではそれはごくごく自然なことなのだ。


特に「記念日」とか「恋人達の〜」とかいう女子が好きそうな言葉は大好物で
ここの編集は皆、そういうものに対して常にアンテナを張っている。


「そのキスの日とは具体的に何をする日なんだ?」


無表情だがとても綺麗な顔立ちで
女性作家からの人気も高い副編集長 羽鳥芳雪も
軽快にキーボードをたたきながら話しに加わってきた。



「んー。俺も先生から聞かされただけだからよくは知らないんだけど、
先生が言うには『恋人たちが堂々と人前でキスをしていい日』らしいよ」


「へー、変な記念日ですねー」



世界にはいろんな記念日があるものだと律は感心した。




「正確に言うと、バレンタインの2月14日からはじまって
その日までにカップルとなった恋人同士がおおっぴらにキスをしてもいい日ってことらしいね」


律の目の前で相変わらず笑顔の耐えない 美濃奏も密かに話を聞いていたようだ。



「美濃さん詳しいですね―、韓流好きなんですか?」


「うぅん?ウィキペディアだよ」






「「「・・・・・・(調べたんだ)」」」






「で、でも!ロマンチックですよね―
毎月が記念日なんて」


職場で『ロマンチック』なんて言葉を言う日が来るなんて考えもしなかったけど
律は本当にそう思った。




好きな人を想わない日なんてありはしないけど
きっとその日が近づくと恋人達はいつも以上に相手を想いドキドキするんだろう。


そして毎月14日はその人の為に予定を空けて
その人の為におしゃれなんかして…




律がめずらしくそんな乙女なことを考えていると
編集部一番奥の席に座って黙々と仕事をしていた編集長 高野政宗がいきなり
「へぇ?そんな良い日があるのか」
と悪戯な笑みを浮かべ言った。


その言葉に今まで乙女だった律の思考は一気に凍りつく。



「あっれー?高野さん恋人いあるのー?」

木佐が面白がってそう言うと
高野は「ああ。」と答え、律のデスクへと向かい律をグイっと引っ張り抱き寄せた。


いきなりのことでうまく体勢を整えられなかった律は高野の腕の中へと倒れこむ。


高野はそんな律のあごをクイッと持ち上げると



「ちょ、ちょ、たかっ・・んんっ!!!」



抗議をしようと開いた律の唇をふさいだ。



あまりに突然の出来事で
いつもは真っ先にからかってくる木佐でさえ何も言えずその状況を見守っていた。


「んっ・・・ちょ・・・何するんですか!あんたは!」


やっと開放された律は真っ赤になりながら自分を抱きしめる高野を睨みつけた。


「何って、キスじゃねーの?」

「いやいや!会社でなんてことしてくれてるんですか!」

「え?だって今日はバレンタインに結ばれた恋人達がおおぴらにキスしていい日、だろ?」

「いや!おかしいから!俺ら付き合ってないですから!」

「あれ?でもお前バレンタイン俺にチョコくれたよな?」

「えっ、そ、それは・・・」

「俺はあれとか、あれを、お前からの愛の告白だと思ってたんだけど・・・・
もしかして遊びだったのか?」

「い!いや、えっと――――っ」

律はバレンタイン高野にせがまれチョコをあげ、
一晩一緒に過ごしてしまったことを思い出し言葉が詰まった。





「と、言う事で!コレ俺のだから、よろしく」

高野は律が黙ったのをいいことに
またニヤッと笑いその場にいた3人に宣言する。

すると3人からは

「おお、高野さん、りっちゃんおめでとー」
「良かったですね、高野さん」
「でもここ韓国じゃないんですけどね」

と律の予想外の反応が返ってきた。

それどころか
「いちゃつくのも良いけど―
ちゃんと仕事してくださいねー」
という木佐の言葉でみんなはまた仕事に戻った。


え・・・・
俺と高野さん、いま…キ…キス…したよな?
え、え、いいのか・・・
この反応で・・・
普通もっと驚くだろ・・ってか引くだろ!


律はまだ高野の腕の中で顔を真っ青にしながら
そんなことをグルグル考え込んでいた。


そんな律を見て高野はクスッと微笑み、律の耳元で何か囁く。

「           」

それを聞いた律はまた固まってしまった。


今度は顔を真っ赤に染め上げて―。














「来月の14日も楽しみだな」









.................end.


→あと柿。
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