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□雨の日。傘の花。
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就業時間がとっくに過ぎた編集部。



地獄の校了日を乗り越えたばかりのそのフロアに残っている者は疎らで、かろうじて残っている社員達も帰り支度をはじめていた。


一緒に帰る為に上司命令で無理やり待たせておいた小野寺律に
『会議が長引いてるから先帰れ』とメールをしたのは今から1時間程前。



そんな律が残っているわけもなく
そのファンシーな雑貨の並ぶエメラルド編集部に一人残された高野政宗は
「はあ―」っと深いため息をつき帰り支度をはじめた。


ふと窓の外を見るとシトシトと降り始めた雨がその雨音を強めはじめている。


『高野さん今日から梅雨入りらしいよー』


朝木佐がそんなことを言っていたのを思い出す。
高野はデスクの引き出し、鞄の中と確認し
「まったく・・ついてねぇ」とまたため息をつく。

今日に限って置き傘も折りたたみも家に置いて来てしまったようだ。


近くのコンビニによって傘を買うしかないか・・・


高野は諦めて荷物を持ち立ち上がり
いつの間にか誰もいなくなった編集部のフロアをあとにした。






”雨なんてうっとおしいだけ。”






そんなことを考えながら乗りなれたエレベーターへと歩を進めていた高野は
一瞬自分の目を疑った。



そこには


エレベーターの前
頬を赤らめ俯き立つ律の姿があったのだ。



しかも

その手には

いつかと同じ

透明のビニール傘が2つ

しっかりと握り締められている。



そう10年前のあの日

嵯峨が律を突き放したあの日
雨が降る中
それでも
靴箱の前で自分を待っていてくれた
あの愛しい恋人。



その人がまた同じように
高野を待っていた。



その姿を見た高野は胸のあたりが暖かくなるのを感じた。




「お前・・・帰ったんじゃなかったのか」

そう高野が声をかけると
いきなり響く待ち人の声に驚いたのか律は肩をビクっと揺らし顔をあげた。

「た・・・高野さん!」

その顔は先ほどのそれとは比べ物にならないくらい赤く染まっている。

「あ・・あの・・帰ろうとは思ったんですけど・・・雨が降り出したので傘を買いに・・・」


「何で2本あんの?」


「こっ、これは!俺のついでっていうか・・高野さんどうせ傘持ってないだろうし・・・」


高野はそういいながら自分から目線をはずす律に近づき
その手に握られる傘を一本受け取りエレベーターに乗り込んだ。



お前は昔と同じようにこうやって俺を待っててくれるんだな。


そう思うとまた胸のあたりが暖かくなる。


高野はばつが悪そうな顔をして自分の横に立つ律を見て

「俺、愛されてんなー」

と悪戯に微笑んだ。


そんな高野に律は

「ちっ、ちがいます!何言ってんですか!
自惚れないでください!!
高野さんに倒れられたら下の俺らが困るんです!だっ、だから・・ただそれだけです!」

と昔とは違う反応をみせる。



そんな反応も愛しくて
高野は改めて自分は今の律に恋をしているんだと確信する。



雨の中

街中に咲く色とりどりの傘の花

その中に味気のない透明な花が2つ

だけどそれはどの花より綺麗に

高野の心に咲き誇る。


高野は自分の横に咲く自分と同じ傘の花を見ながら思う。



雨もたまにはいいかもしれない―・・・と。









・・・・・・end


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→あとがきという名のぼやき。。。
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