彼氏に猫耳がつきました

□1話/ちっさいおっさんの、小さい魔法
1ページ/7ページ

 一話   ちっさいおっさんの、小さい魔法




 高校も二年生に上がり、春。
 桜の伊吹がとても温かく、新入生や在校生を出迎えてくれる。
 ほのかに桃色がかった色が、これからやって来るであろう希望を、明るい未来を色づけてくれているようだった。
 明るい未来が訪れたのは、高校二年生の新生活も一カ月を過ぎた頃だった。
 今まで、女の子と付き合ったことのなかった少年タクトに、はじめての彼女が出来た。
 それも、普通の彼女ではない。
 学校までの送迎は、お抱え運転手とリムジンで。
 言語は三カ国語も話すことができる。
 極めつけは…。
「タクト〜。お迎えにあがりましたわ。」
 一般庶民が使う事は許されないお嬢様言葉。
 ツインテールの、ちょっとキリリと目の吊りあがった、少しだけ気の強そうな女の子。
 ハンカチーフはおフランスでオーダーメイドした特注品。
 そう、彼女は海外でも活躍している財閥の、ご令嬢様だった。
 そんな高貴な身分の方が、どうしてこの学校を選んだのかも知らないが、何より、どうして自分なんかを選んだのかが、学校の七不思議並に分からない。
 告白してきたのは彼女の方からだった。
 最初は慌てふためき、テンパっていたし、何より、こんな人と自分は釣り合わないと思ったので、丁重にお断りした。
 そしたら、次の日から、リムジンでタクトの家の前まで彼を迎えに来るは、昼休みは弁当(一流シェフに作らせたものをタクトの分まで持って)必ず訪れるは、遂には、タクトの所属する書道部にまで押しかけて、自分も書道部に入部するは…。
 お嬢様のする事は分からない。
 ともかく、タクトのことが、好きで好きでしょうがないらしい。
 タクトも男だ。女の子にここまでされては、もう首を縦に振るしかない。
 その彼女、鈴城部莉子と知りあってから一カ月、遂にタクトは、莉子からの告白にOKを出した。
 彼女からのアタックをウザイと思ったことは一度もない。
 むしろ、どうして自分なんかに?と思うとともに、自信のない自分自身に不安を募らせただけだ。
 いつ捨てられるか分からない。お嬢様の気まぐれで選ばれて、気まぐれで捨てられるかもしれない。
 けれど、気まぐれで酔狂をするような子には、到底思えなかった。
 莉子と話をしていくうちに、彼女が純粋で(ちょっと頑固で気の強い所があるけれど)、真っすぐな(思いこんだら一直線な所があるけれど)子だということが分かった。
「莉子はさ、私のどこがよかったの?」
 昼休み、タクトの手作り弁当を食べ終えて、タクトは莉子に聞いてみた。
 今では、タクトの手作り弁当を二人で昼休みに一緒に食べるのが日課となっている。
 タクトの家は大家族で、家事全般は、タクトが行っていた。
 父も母も忙しい人だから、あまり家にいることがない。
 タクトの素朴な疑問に、莉子は一瞬驚いたような顔を見せるも、すぐに頬を染めて、その「運命」とやらのなりゆきを話しだした。
「運命でしたの。普段は行くことのないような、学生の習字展示会を見に行った時のことでしたわ。」
 莉子は、まるで昨日あったできごとのように回想する。
 その日はたまたま、従兄弟の趣味に付き合うべく、学生の習字展示会に随行していた。
 特に面白いとは思わなかったが、たまにしか会わない従兄弟の誘い。
 断るのも無碍だと思い、一緒に行くことにした。
 正直、興味などなかった。
 習字なんて、字なんて、どれも同じでしょう?
 しかも、学生のものなんて見て、何が楽しいのかしら?
 従兄弟は、未発達で成長過程である、未来ある希望を見るのが楽しいのだと言っていた。
 じじ臭い趣味を持つ従兄弟の趣向は分からない。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ