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□File9
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翌日、ガリアとトリステインの国境付近にある『アヌー村』。
昨日から外ればかりで少々不機嫌気味なルイズを、冷や汗をかきながら連れていたハルナは、一つのエネルギー反応と、先日サイマからのメッセージを頼りに、ホークに乗ってその村を訪れていた。
しかし、到着して早々そのあたりはギスギスしていた。
「ここは我々貴族が開発現場として定めた場所だ。さあ出ていけ!」
「ふざけんな!ここは俺たちの居場所だ!勝手に踏み込むんじゃねえよ!」
街の近くにある、大きな穴が開いた箇所があった。その近くで貴族と平民の団体が互いに何か言い合っている。下手をしたら暴動にもなりかねないほどだった。
「貴様ら、平民の分際で貴族に逆らうのか!」
「へんだ!平民だって貴族に勝てるってことは実証されてんだ!どっかの平民が貴族になったからな!てめえら貴族の時代なんかもう終わるんだよ!」
「貴様ら…始祖ブリミルのご加護を受けた貴族を侮辱すると「待ってくださいよ!」」
彼らの間に割り込むように一人の青年がやってきた。昨日不思議な夢を見た『彼』だった。ハルケギニアでは珍しい格好だった。青のジャンパーに白いシャツ。靴もジーンズだった。
「貴族で、それも大の大人がみっともないじゃないですか?貴族以前に、人として恥ずかしいでしょう?」
「ぐ…」
青年の一言で図星を突かれて押し黙った貴族。これ以上とやかく言うと自分の面子が丸つぶれになると思ったのか、貴族はそこで引き上げていった。
「あれは…!!」
遠くから見ていたハルナとルイズはその青年の顔を見て驚愕した。あの顔、あの黒い髪…間違いなかった。
「サイト!!」
二人はサイトと思われる青年に一目散に走りだした。やっと会えた!やっと見つけた!
「?」
何だろうと青年は自分に近づいてくる人に気が付いたのか二人の方に視線を向けた瞬間、彼は二人に飛びつかれた。
「うわあ!?」
「よかった、無事でよかった平賀君…」
「このバカ犬…ご主人様を放り出してどこに行ってたのよ?」
彼にみっちり抱き着いて離れそうにない状態で、ちょっと幸せを感じながらも青年は冷静さを保って口を開いた。
(ああ、こんな美女に抱き着かれるなんて…じゃなくて!!!!)
「あの、どなたですか?」
「「え?」」
呆ける二人を見て青年は立ち上がると、続けて二人に言う。
「君たち、俺を誰かと間違えてないか?俺、君たちと会った記憶がないんだけど」
もしかして、人違い?二人は間違えたと思って、顔を赤くする。
「ちょっと、人違いじゃないの!!」
「なんで私だけのせいにするんですか!?」
ついには恥ずかしさか逃れようと互いに罪の擦り付け合いに発展してしまった。しかし、そこで二人はあることに気が付く。もし彼がサイトなら『あれ』があるんじゃないか?
「あの、左手を」
本当にサイトだったら彼の左手の甲にガンダールヴのルーンがあるはずだ。ハルナが一言願い出ようとした時だった。
「兄貴――――!!」
小さな少年が青年の方へ走ってきた。手に小さな小箱を抱えている。
「お、ナオか」
「ラン兄貴、弁当忘れてたよ」
ナオと呼ばれた少年はランと呼んだ青年に弁当箱を差し出す。見たところ兄弟のようだが…
(透視しても、やっぱり平賀君と同じ…)
密かにランの体を透視したハルナだったが、何気ないしぐさとか体内の構造からみてもサイト以外考えられなかった。
その時、ちょうど二人はサイトらしきその青年の左手に刻まれたものを見つけた、まるで古代文字のような形のルーンが。
やはり彼は…。だが、一体どうしたのだろうか。自分たちが誰なのかまるでわかってないようだ。
まさか…
「悪いな、わざわざ持ってきて」
受け取ったランは面目なさそうに頭を掻いた。
「ほんとだよ。持っていく身にもなってよ。忘れんぼ」
「そんな冷たく言うなよ…まあいいや。そろそろ飯だし、食べるか」
「残さず食えよ」
「お前と一緒にするな」
ランとナオは憎まれ口と互いにたたき合いながらも仲良く立ち去って行った。
「まさか…」
ハルナがこのとき感じた悪い予感は当たっていた。

―サイトは記憶を失っていたのだ。

「なんで…こんなことに…」
思いつめた表情でルイズは言った。彼の主人で虚無の担い手、そしてヴァリエール公爵家の三女の自分が、またしても無力に感じざるを得なかった。ハルナもまた、同族になってなおサイトのような力のない自分を呪った。
そんな時、ハルナのビデオシーバーが鳴り出した。蓋を開くと、コルベールの妙にキラキラ輝いた顔が映された。
『おお!本当に映った!いやー大したものだハルナ君、こんどこのビデオシーバーというものの作り方教えてもらえないか?』
「何の用ですか…?」
不機嫌なのか、それとも嘆きによるものか重苦しい口調でハルナは呟いた。気を悪くしたか?とコルベールは重い、すぐ『す、済まない。こんな悠長な話をしている場合じゃなかったな』と謝罪した。
『二人とも、すぐ学院に戻ってくれ。先日ロマリアから戻られた陛下から別任務を与えられた。緊急だ、急いでくれ!』
「わかりました…」
やむを得ず、ルイズとハルナは学院の基地に帰還した。それを、美しい笑顔の奥に邪心を秘めた表情を浮かべていた女性が彼らを見ていた。
そして、さらにサイト暗殺を任せられた四人の影も…

一方、名前さえ忘れた彼はナオと彼の母ミナの母子家庭と一緒に生活し、未知なる新しい資源の採掘現場で働いていた。なぜ彼がランと呼ばれているのか、それは記憶のないランにはわからない謎だった。
ある夜、二人は家の屋根の上で星空を眺めていた。
「なあナオ、お前将来どうしたい?」
「僕?うーん。いろんなとこを冒険しないな。兄貴は?」
「俺は偉くなろっかな?それで平民の人たちも貧しくないように、貴族の人たちともいがみ合わないように」
「兄貴って身分とかの壁嫌いだもんね」
「ああ、大っ嫌いだ。そんなもんがあるから仲良くできずにいるんだ。
最近平民から貴族になった奴がいるみたいでさ、だから俺もなろうって決めてんだ」
「さっすが兄貴!そこに痺れる!憧れるぅ!」
「おう!俺の活躍で、ブラックホールが吹き荒れるぜ!」
ナオの褒め言葉で調子に乗ってビシッ!と屋根の上に関わらず彼はかっこつけてポーズを決めるが、バランスを崩して屋根から転がり落ちてしまった。
「ぬわあああああ!がふうっ!?」
「兄貴?」
「いって〜…」
頭をぶつけてしまい、ランは立って後頭部をさする。屋根から降りてきたナオは呆れ顔で両手を広げた。
「全く、かっこつけてるわりにカッコ悪いよな」
「るせ」
その時、ナオの首にかけられていたペンダントから紅い輝きが放たれた。
「光った…」
「ナオ、それは?」
「『バラージの宝珠』。うちの家宝で兄貴が前、戦争に行く前にくれたじゃん。忘れたの?」
「仕方ないだろ、記憶ねえんだから」
「ちょっと!」
そんな二人の前に、中年の女性が怒ったように両手を腰に当てて歩いてきた。
ナオの母、ミナである。
「もうご飯できてるわよ!さっさと家に入りなさい」
「「はーい」」
ランとナオがミナに連れられ家に入っていくのを、草影から四人の影が見ていた。
「なんだ、あいつ貴族と暮らしてたんじゃなかったのか?話が違うじゃねえか」
「いつ決行するのよ?兄様」
「明日だ、せいぜい残された一日を楽しませてやろうよ」


夜、ランは家の窓の外から妙な気配を感じた。外に出て、森を少し歩くと、彼は瞬時に後ろへとび跳ね、彼がたっていた場所にはどこからか放たれた炎の玉や氷の矢が次々と突き刺さった。
「誰だ?」
しかし、ランの呼び掛けには誰も答えない。ただ草影や木々の方から先ほどのように火の粉と氷の矢が飛び出す。それだけではない。
彼の何倍もの巨大なゴーレムが現れる。
ゴーレムの鉄槌がランを押し潰そうと、唸りを上げた拳を下ろしてきた。しかし巨体な分動きが鈍いようだ。
いや、鈍いのではなかった。記憶があった頃の彼の戦い慣れた身体能力と見切り具合が良すぎた。
「あいつ剣を持てば強くなるから、武器を持ってないところを狙ったのにやるじゃない」
隠れていた四人組の一人の少女が呟く。続いて屈強な巨漢が言う。
「トリステイン女王から腕を買われただけはある。俺のゴーレムさえ奴を潰せずにいる」
「なんたっていいさ。とにかくこいつを殺る。依頼主からも、僕が最強のメイジになるためにも邪魔だからね」
もう一人の、少し奇妙な格好の青年は呪文を唱え始めた。
すると、突然雲間から地面に落下する落雷のような電撃がランに飛んできた。
「ぐあっ…」
一瞬早く避けようとしたが、左腕に痺れを感じることから左腕に受けてしまったのだろう。
雷は千分の一秒と、音よりも速いので避けれるなんて普通はあり得ない。
「『元素の兄弟』の力、とくと拝んでもらって死ね」
元素の兄弟…ガリアの北花壇騎士の一員と言われた四人兄弟。長兄で見た目が12歳ほどのダミアン、巨漢は次男のジャック、三男は我が儘な性格で最強のメイジを目指すドゥードゥー、最後に紅一点のジャネット。タバサと同じガリアの騎士団にいただけあって、そ
の実力はハルケギニアの裏社会で名をあげるほど。
だが彼らの恐ろしいところはそれだけではない。
ジャック−わかってると思うが郷秀樹とは別人である−は目を閉じて口語による呪文を唱えた。
「森の木々よ。我に仇なす者を捕らえよ」
彼らは先住魔法、もとい精霊の力を操ることができるのだ。木々の枝が触手のように伸び、ランを捕らえた。
「しまっ…くそ!」
必死に振りほどこうとするが、かなり丈夫に強化されたのか、うまくほどけない。
「止めだ。『エア・カッター』で切り裂く」
ドゥードゥーの杖に風の力が集まっていく。
記憶が戻らないまま彼はここで幕切れとなるのだろうか?
だが、ランにも元素の兄弟にも予想外な出来事が起こった。ランの額からエメラルドグリーンの光が灯ったとと思いきや、凄まじい力で彼は自分を捕らえる枝を引きちぎった。
「なっ…俺の先住魔法から無理やり脱出した!?」
ジャックが驚くのを他所に、まるで何かに操られたようにランは辺りを見渡す。その時の彼の目はギラギラと光っていた。記憶をなくす前にも使った『透視能力』だ。
(見つけた)
隠れていた元素の兄弟たちに向けて、じゃんけんのチョキのように右手の指を二本突き立てた形にすると、ものを投げるようにヒュ!と動かした瞬間、元素の兄弟たちに凄まじく、そして威力の込められた衝撃波が襲い、四人共々吹き飛ばされた。
「ぐあっ…くそ!『硬化』が間に合わなかった!こうなったら正々堂々…」
「止すんだドゥードゥー、敵のまだ見ぬ能力に向かって飛び込むのは自殺行為だ。ここはひとまず退こう」
冷静に言うダミアンだがドゥードゥーは頭に血を昇らせ話を聞かない。
「いやだ!こいつを倒す!」
「いい加減にしろドゥードゥー、退くぞ!」
ジャックに無理やり引っ張られる形でドゥードゥーは引き下げられ、他の三人の兄弟たちもランの前から消えた。
「…」
なぜ自分が襲われたのか理解できずにいたラン。彼らが何者なのかもわからない。いや、それよりもさっきの自分に違和感と恐怖を感じた。
もしかしたらと思い、ランは自分の目の前で消えかかっている火の粉を、念を込めた眼差しで見つめた。途端、火の粉は凄まじく燃え上がる炎となった。
明らかに人間の技ではない。自分が持っていた恐るべき能力を知り、彼は自分の左手を見つめた。
「まさか…俺は…」
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