ウルトラマンティガ〜外史三国伝〜

□夢想・無双
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其の零 三國同盟、その後の蜀の事

私たち人間は、時折頭の中に、非現実的な世界を描くことがある。または存在こそしているが我々の知らない異なる世界が存在している。その世界は、我々人間のいる世界を『正史』と呼ぶのに対し、『外史』と総称される。簡単に言えば、SFでいうパラレルワールドだ。外史の中にはそれぞれが人の願望・欲望の塊が形となったものが存在し、人によってはそれを現実に捉えたいほど受け入れられ、またはその外史を気に入らずとことん心無い言葉で罵倒されることもある。
恐ろしいのは、現実から目を背け自分の都合のいい世界ばかりを見続けた結果、現実と夢が混同したり、ひどい場合は二度と抜け出せない危険性も孕んでいるかもしれない。
だが忘れてならないことがある。外史は、その世界に生きる人にとって現実であるということに変わりがないということ。そしてそれは、我々にとっての現実を潤わせるために、私たちの心を豊かにするために、存在しなければならないものでもあるということを。

私たち正史世界の人間は、『三国志』と呼ばれる物語を知っているだろう。劉備、曹操、孫権…彼らをはじめとした英傑たちと子孫・家臣が、腐敗した漢王朝に変わって天下を取るために争う、実際に1800年も昔の時代の中国で起こった事実を下に描かれた物語だ。
だが、私たちがこれから観る世界は、その本来の三国志とは似ているものの、大きく違った物語が展開された世界である。
なぜなら、正史では先ほど挙げた英雄たちは志半ばで全員死亡し、その子孫たちも結局天下統一を果たせなかったのだ。劉備の蜀、曹操の魏、孫権の呉。この三国に変わって新たに建国された『晋』が天下を統一するはず。だがこの外史では晋は存在せず、そして建国に携わるはずの司馬一族は姿を見せていない。
さらに驚かされるのは、三国の重要人物たちの大半が女性として存在しているということ。というか、もはや同じ名前を持っているだけの別人である。
この世界では、なんと三国が同盟を果たし、互いに協力し合いながら民の安息と平和を保っているのだ。そしてその中心となった人物は、この外史の人間ではない。現代世界の地球、日本からどういう因果かこの世界に落ちてきた、当時わずか17歳ほどの少年だったのである。
そして彼は…蜀の首都『成都』にいた。
「はあ〜〜…」
その少年はポリエステル製の白い学生服を着ていて、今目の前に積み上がった書類をまとめあげていた。見るからに疲れきったご様子で、机に顔をうずめていた。
少年の名は『北郷一刀』。この世界の住人たちからは『天の御使い』として崇められている。それがきっかけで、蜀ではこの世界での劉備と同じく、蜀の主として君臨している。しかし立派な称号とは裏腹に、特別な力などは特に持っていない、現代社会でならどこにでもいる男子学生だ。
「お疲れ様です、ご主人様」
この世界では珍しいメイド服姿を着込んだ、白銀髪のおっとりとした小柄の少女が彼にお茶の入った湯呑を手渡す。余談だがこの格好、実は一刀の悪ふざけである。一刀はそれを一気に飲み干した。
「ふう〜、生き返る。ありがと、月(ゆえ)」
「いえ、お安い御用です」
月と呼ばれた少女は照れたのか、少し頬を染めてにこやかに笑みを浮かべた。
『月』。それは彼女の『真名』という、その人物の人格と生き様を現した、心を許した人間にだけ言うことを許される名前だ。この世界の人間には真名というものがつけられ、彼女には別の名前がある。
そしてその彼女の名前は『董卓』、もし三国志を知っていれば驚くだろう。なにせ董卓といえば、漢の皇帝『霊帝』の死後、自ら皇帝を立てて悪逆の限りを尽くした暴君+酒池肉林生活を送ったヒゲの太ったおっさんとして知られているのだ。だがここにいる董卓…月は虫も殺せないような儚げで優しく可憐な少女。ギャップが大きすぎるものである。この世界での反董卓連合との戦いの後、名前を捨てて一刀に保護されて以来、こうしてメイドとして働いているのだ。
「あの、ご主人様。お仕事の方は後どのくらいで終わります?」
「午前の分はそろそろ終わるかな」
「なら、お食事の準備をいたしますね。お仕事が終わるまでに作り上げておきます」
「うん、頼むよ。でも無理に急がなくていいさ。完成する前に仕事が終わったら、じっくり待つよ」
「でも、あまり待たせるのも申し訳ないです。じゃあ、そろそろ行きますね」
「ああ、楽しみにしてるよ。月の料理」
月はぺこりと一刀に頭を下げ、お茶を載せていたおぼんを持って部屋を後にした。
「さて、と。昼飯まで気張るか」
当初、一刀にとって政務はとてつもない苦痛でもあった。何せ耳に聞こえてくる言葉は不思議なことに日本語と変わらないが、実際に目で見える文字は中国語と同じ。日本でも漢字は使われていても、発音や形が違うものがあるし、平仮名・カタカナをひとつも使ってはいけないのだ。だが、彼を慕う仲間たちから多くのことを学んでいったこともあって、以前と比べるとはるかにマシになった。今日の仕事のこなしっぷりがその証だ。
政務は、思った以上に早く終わった。
背伸びした一刀は椅子から立ち上がり、終わったことを報告しようと執務室を出て、月の料理を食べに向かう。すると、黒くて長いサイドテールの少女と鉢合わせする。
「ご主人様」
「ん、愛紗か」
愛紗…これも彼女の真名で、名前は関羽。正史での長い髭の代わりに、長く美しい黒髪から『美髪公』と称された、蜀の勇将。正史での関羽と同様、愛紗も義を心に刻み込んだ武人である。
「午前のお仕事はもう終えたのですか?」
「そんなとこ。これから月の料理を食べに行くとこなんだ」
「料理…ですか」
だが、本人は否定するものの、同時に嫉妬深い。証拠に一刀を見る目が若干細くなっている。劉備と一刀に対して忠誠を誓っていると同時に、一刀に対して愛情を抱いているのだ。それは愛紗に限った話ではなく、蜀の将たちの多くが一刀のどこかスケベで気が多いものの、贔屓しない平等な信頼と愛に心を開いている。
(私も料理ができたら…)
愛紗は料理が下手だ。魏の曹操に敗れた後蜀に保護された袁紹と共に一刀に料理を振舞ったとき、その絶望的な腕のあまり一刀はしばらく体調を崩したほど。女としては悔しい。
「愛紗も一緒に食べる?」
「よろしいのですか?」
「せっかくだから、一緒に食べたほうが食事も楽しいだろ」
月の手料理、というのがちょっと気に障るが、せっかく敬愛するご主人様からのお誘い。愛紗に断る理由などない。
「はい、ご一緒します」
嬉しそうに頬を染めながら愛紗は一刀について行く。せっかくだから月の料理の知識もこの目で見ながら盗んでおくのもいい。
「桃香の体、異常はないよね?」
「華陀の話だと、まだ安静にさせるようにと」
桃香、それはこの世界での劉備の真名である。彼女は体調を崩していて仕事を休み、大陸一の名医として名を馳せている青年、華陀の診察を定期的に受けるようになっていて、自室に篭る時間が長くなっている。
すぐに愛紗の目が真剣なものとなる。
「ですからご主人様。桃香様がお休みの間はサボらずにしっかり政務に励んでくださいよ」
「う…思い出させるなよ」
政務のハードさを思い出し、一刀はげんなりする。幾度かサボったこともあってその度に愛紗をはじめとした家臣たちに怒られたことか。
「そういえばご主人様、管路という名の占い師に覚えはありますか?」
ふと、愛紗が話の話題を変えた。
「あ、ああ。確か、俺が天の御使いとしてこの世界に来ることを予知していた占い師のことだろ?」
管路、本来はエセ占い師として知られていたのだが、天の御使いとして一刀がこの世界にやってきた上に、一刀が管路の占い通りに大陸に太平をもたらすきっかけとなったことで、一部の人間たちから優れた占い師としての評価を頂いていた。
「それが、管路は今回また奇怪な占いの結果を公表して、住民たちに…」
「…?なんて言ったんだ?今回は」
一体何だろう。自分がこの世界に来ることを予知した程の占い師の話だ。一刀が気にならないはずもない。
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