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□File8
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ヴァリヤーグとの衝突の危機がある中、サイトの存在に対する不満による内部のゴタゴタで一時混乱したが、ウェールズとアンリエッタの計らいでこの場は収まった。
だが、まだ解決しきれていない問題がある。
最近いつものように聞く問題、先住民ヴァリヤーグのことだ。他にも、時期ガリア王の件でも問題が起こったが、もうタバサとジョゼットを入れ替える理由がなくなってしまい、タバサを正式な女王という流れに収まり、戴冠式は先住民との問題が解決してからとなった。
翌日、アリィーから話を聞き、ビターシャルらネフテスに残っていたエルフたちと彼らを護衛する炎の海賊たちを乗せたアバンギャルド号が、ロマリアの上空に飛来し、着陸した。
「この船、予想以上に巨大ですね。これだけの大きさだと、かなりのエルフが被害にあったことがひと目でわかる」
ヴィットーリオが夜空を照らす炎の輝きを放つアバンギャルド号を見上げながら呟いた。
「わしも長く生きておったが、アディール中の住人を乗せるほどの船を見たのは初めてじゃよ」
テュリュークも初めてアバンギャルド号の巨大な船体を見たときは目が飛び出そうになった。今もこうして見るが、やはりでかい。自分たちは選ばれた種族だと思いこんでいたが、世界はここまで広かったのか、自分たちが井の中の蛙だと思い知らされた
「私どもでも食料の調達には限界がありますよ」
「わかっとる。精霊の力で蛮人…いや主ら人間に化けられる者を働かせるしかあるまい。主らに混じらせてな。何も起こらなければ良いのじゃがな。なにせ主の部下の大半はわしらを嫌うものばかりじゃし、我々の蛮人嫌いが一朝一夕で変わるとは思えんからの」
「まだお互いを恐れてる者が多すぎます。仕方ありません。これも、この世界を狙っていた全く別の世界の者だったと説明しても理解等できないでしょうね…」
「お二人さん、これでエルフ全員を運ばせももらったぞ」
海賊の三兄弟船長、ガルが二人の前に歩み寄って現状を伝える。この時既に海賊船から多くのエルフが降りてきた。流石に蛮人と蔑んでいた種族の世界でしばらく暮らすこともあって、一般のエルフたちの顔に不安が見える。
「助かったぞい。ここまでの護衛に関しても、深く感謝している」
「なに、海賊とは自由を愛する者。物品狙いの小物とは違うわい」
今度はギルが不敵にニヤつきながら言う。
「ともあれ、これでアディールの住人の避難は完了しましたね」
「ビターシャル君とファーティマ君もご苦労じゃったの。生き残った軍の者をまとめるのは流石にきつかったろう」
目の前で立ち並んでいるビターシャルとファーティマを見てテュリュークは言う。この二人の顔は最後に来た時よりやつれて見えた。同胞たちの護衛と、軍に於ける部下のまとめと指揮が思った以上にきつかったのかもしれない。彼らだけでなく、生き残った軍の兵士
も忙しそうに、壊滅したアディールから回収した物資の輸送で休む間がなさそうだ。
「問題ありません。我が党の党首が引き起こしてしまった責務は、部下である私の責任です。自分たちの思想に個室するあまり、悪魔に匹敵する強大な力を求めた結果アディールの街を破壊してしまった。その罪は何度この命を大いなる意思に捧げても、許されることではございません…」
復讐心と自分たち鉄血団結党の思想にとりつかれた彼女は、力を求めた結果自分の国に災いをもたらしたことをひどく後悔していた。
今まで溜め込んできたシャジャルへの…その娘であるテファへの憎しみが一気に氷解してしまったかのように。
それに、自分の育ての親の思いを踏みにじって、否定してしまった。全く異なる世界から来た彼女が命を捨ててまで守ろうとしたものを、子供同然の自分が結果的にも壊してしまった。
今こうして改めて自分の同胞のために働いているが、これで自分の罪が許されるのか不安がよぎっていた。
「君も一生懸命だったのじゃ。一生懸命が過ぎて周りが見えなくなって失敗してしまうことなど誰にでもある。それを反省しても良いが、後悔はなにも生まぬ。
顔を上げて前を見るのじゃ。君を闇から救ってくれた、彼らのようにな」
テュリュークに言われ、ファーティマは「申し訳ありません…」と落ち込んだような声で謝罪した。
「統領閣下、ルクシャナたちは今どうしてますか?」
人間の倍の人生を約束されたエルフで老人。軽く百年は生きている老連なテュリュークや、彼女の叔父であるビターシャルでも手を焼くほどのわがままな性格のルクシャナが、自分の研究対象である蛮人の世界で何か騒ぎをお越してなければいいのだが、と不安になっていた。
「蛮人たちの建物の構造や店の商品などと睨めっこしながらメモを手に駆け回っておったよ」
「そうですか。彼女らしい…」
呆れるところも多いが、なんだかんだでビターシャルは姪を心配していたようだ。
今度はファーティマがテュリュークに尋ねる。
「シャジャルの娘は、どうしてますか?」
「それが…」
どうも言いにくそうに唸るテュリューク。それを見て彼女は目をしかめた。
「彼女は…今心を痛めてしまっておっての」
「私が目を離していた時に、何があったんです?」

一方で、テファは自室にたった一人ベッドに腰をかけて座っていた。その可憐な顔に光は差し込んでいなかった。
シュウヘイが自分を撃って目の前から消えていったショックはあまりにも大きかった。仲間たちに気を遣ってもらい、一人でこれからどうするか迷っていた。
サイトたちはこれから先住民ヴァリヤーグが住んでいるらしい地下の世界に脚を踏み入れるため、大聖堂のカタコンベに保管されている、始祖が遺した乗り物の保管場所に向かっている。
そこにシュウヘイがいるかどうかなんてわからない。行くだけで無駄だと思っていた。普段の彼女なら、仲間たちが行くなら自分も行くつもりだったというのに、行こうとはしなかった。
「しばしぶりに顔を見たら、そんな情けない顔をしていたか」
扉の開ける音と共に、聞き覚えのある声が彼女の耳に飛び込んできた。
部屋の入口に立っていたのは、なんとファーティマだった。
テファは彼女を見て思わず身を強張らせた。あのファーティマは従姉妹に当たるのだが、以前も話したようにシャジャルが原因でこの二人の関係は全くいいものとは言えなかった。
「別にお前を殺す気はない。殺したところで、私が無駄にあの蛮人の男に憎まれるだけだ」
あの男、おそらくシュウヘイのことだろうとすぐに思った。実際、ファーティマは蛮人との面識はほとんどなく、話したことのある相手と言えばシュウヘイだけだった。
ファーティマはテファの前に、眼光を研ぎ澄ませながら立つ。
「話は聞いている。あの男がお前を撃ったそうだな」
「…私を笑いに来たんですか?」
ファーティマの顔を見ようともせず、テファは床に視線を向けたままぼやいた。軍人として、一人の人としてファーティマはそんなテファの態度に、苛立ちを募らせた。
「貴様…言いたいことがあるなら私の顔を見て言え!」
さらに目を釣り上げて、乱暴にテファの胸ぐらを掴みあげた。
「笑いにきた?それは無論笑ってやりたいさ!『いいざまだ』とな!だが、貴様がお節介なことをほざいたせいでそんな気が失せた!貴様は私に言わなかったか?『ユリアさんがあなたを愛し、慈しんで育てたことまで否定するのか』と。私の家族の仇の娘である貴様が偉そうにこの私に説教しておいて、その不抜けた顔はなんだ!!」
「……!!」
そうだ。確かに裏切られた。だが、それでも自分が彼を愛したことを否定することに至るわけではない。
そのまま乱暴に、ファーティマはベッドにテファを投げ倒した。
「貴様は、どうしたいんだ?あの男が本当にお前を裏切ったのなら別にいいが、お前自身はそれで納得できるのか?できないのなら、なおさらここでウジウジと縮まっているなどおかしいだろ!」
「…それ…は…」
ふと、彼女は自分の左目に違和感を感じた。なんだか視界がぼやっとして見えなくなった、そう思っていたら、その目に映る光景が一変した。
霧の立ち込めた、荒れ果てた街。空の上に浮かぶ半分に割れてしまった月。それを照らす、いかにも作り物くさい太陽。太陽の光に照らされた場所はかなり真っ暗で、瓦礫に氷や霜ができているほど寒そうだ。
ただ一つ、高く聳え立った塔が存在していた。天を貫く槍のようなその高い塔の前に、人影がある。
不思議なことに、空には一か所だけ地面に掘られたような穴が開いていた。これはどういうことだろう。
「!」
人影の顔が見えた。彼女が求めていた男の顔だった。
『「来訪者」…貴様らと俺はつくづく縁があるようだな…』
彼がそう呟いた時の顔は、彼女の知る彼の顔とはまるで違っていた。
リーヴスラシルのルーンの暴走時のように、狂喜に満ちた笑みを浮かべていた。その建物の中に彼が入り込んだところで、ビジョンは途切れた。
途切れたところで、テファは立ち上がった。その瞳はさっきまでの死人のようなものとは違い、強い心を秘めていることが表れている。
「私…行ってきます」
「やっとあの時のような目つきになったか」
「ありがとう…ファーティマさん。何だか、吹っ切れたかもしれない」
「貴様の礼などいらん。それより、さっさと行ったらどうなんだ?」
「はい!」
いい返事と言えるほどはっきり言い、テファは部屋から飛び出していった。
「…焼きが回ったか、私も…。先生は、どう思いますか?」
憎んでいた相手に向けて説教とは…。我ながら滑稽なことをしでかしたものだ。
そう思いながら一人残ったファーティマは、ポツリと今は亡き恩師に語りかけた。
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