-4

□F・真実を解き明かす者たち/File5
1ページ/4ページ

「この辺からだ。ミュー粒子が呼んでる」
エルフの国ネフテスさえも飛び越え、オストラント号はネフテス圏内の海上を浮遊していた。サイトは確かにこの辺からミュー粒子を感じていた。だが、どうもおかしい。この辺は海に覆われてしまっている。陸地と言えそうな場所などどこにも見当たらない。
「本当にこの辺りなのサイト?」
「ああ、そうなんだがこの辺島が一つもない。海に沈んだのか?」
「いえ、よく見て」
ここに来てルクシャナが出て、水平線の彼方を指さした。その方には、まるで終焉の地で見かけた岩のように、触手のようなうねうねとした形の群島が見える。岩の一つ一つが何十メイルも高く聳え、侵食しながらも互いに高さを競い合っているようだった。
「竜の巣は以前、私が立ち寄ったことのある場所よ。内部の大部分が海の底だけどね。入口も海の中」
「海の中!?そんな中にいたら窒息死してしまうよ!」
悲鳴を上げるマリコルヌ。彼がそう考えるのも当然だろう。この海のそこにあるかもしれない場所に行く等、入水自殺と思われてもしかたない。
「私もこの海の中を行くのはちょっと嫌ね。泳ぐのは得意だけど、髪濡らしたくないから…」
モンモランシーは泳ぐのが得意なくせに髪が濡れるからと嫌がった。
これだと無駄な才能だ、ということは置いておこう。
「何も全員行くことないだろ?俺とルクシャナ以外に、誰か二人くらい同行者を連れていけばなんとかなるよ」
「なら私が行くわ」
当然のようにルイズが名乗り出る。そんな彼女に続いてテファまでもが手を挙げた。
「あの、私も行っていいかな?」
「ルイズはともかく、いいのかテファ?シュウヘイを見てやらなくて」
「私は、彼が眠っている間に代わりに何かできることをしてあげたいの!だからサイト、ルイズ。私も一緒に行く!」
「そう、わかったわ」
「無理はするなよ。万が一君に何かあったら俺がシュウヘイに殺されるから」
頷くルイズに続いて、冗談交じりでサイトが言うと、テファは「かもしれないね」と少し笑った。冗談のつもりだったのに…本気で彼女を守らないと、とサイトは意思を固めた。
「準備できた?あなたたちは水中で息できないでしょ?こっちに来て」
ルクシャナは大胆にもオストラント号の甲板から飛び降り、海に浸かると、「こっちに来なさい!」とサイトたちに向けて手招きした。
「ここから飛び降りるのね…」
高いところから飛び降りてこいだなんて言われて怖がらない人間などいるだろうか。それにこの二人、泳ぎの経験などまるでない。ルイズのような貴族のお嬢様にその必要性はないし、テファも出身地であるアルビオンが浮遊大陸であるが故に、泳いだことなどなかった。でもここでじっとしているわけにはいかないので、先に飛び込んだサイトに続いてテファとルイズも飛び込んだ。
「ぺっぺ!ちょっと飲んだかしら…?」
飛び込んだ衝撃でルイズは塩辛いものを食べたように顔を渋らせた。
「気をつけろよ。海水をたらふく飲んだら死んじまう。海水に含まれてる塩分を追い出そうとするために、汗が大量に出て体内の水分もなくなるからな」
サイトが念のためそう言ったが、それを聞いてテファとルイズの顔が青くなってしまった。ここから先は海の下の世界。飲んだら死に至るかもしれない水の中を散策することになるのだ。それが彼女たちに恐怖心を与えたようだ。
「そんなに怖がる必要はないわよ。精霊の力を使えばこれくらいどうにでもなるから」
ルクシャナが手のひらに水を注ぐと、口語で呪文を唱える。
「水よ、体を司る水よ…」
すると、水が一瞬光った。
「これを飲めば水中でも息ができるわ。海水を飲む心配もないわよ」
それから四人はルクシャナの魔法がかけられたその水を飲む。試しにサイトは顔を水に付けると、確かに水中で息ができるようになっていた。
「エルフの魔法ってすごいんだな…」
「蛮人のとは一味違うからね」
「なんかムカつく言い方ね…」
得意げなルクシャナに、ルイズは横目で彼女を睨んだ。
「ふふ、冗談よ。さあ、ついてきて」
「なあ、俺たちにも魔法かけてくれよ。錆びやすいからよ」
「嬢さん、あっしにもお願いしやすよ」
懇願するようにデルフと地下水が言い出す。刀身が金属だから、海水なんかにずっとつかされたらたまったものではない。
「世話が焼けるわね」
再び口語で呪文を唱えるルクシャナ。すると、デルフと地下水の刀身が紅く発光した。
「これで錆びる心配はないわ。行きましょう」
ルクシャナが先頭になって泳ぎだし、サイトたち三人もあとに続いた。
「潜らないとダメなのか…でも行くしかない」
海面からすぐ下は陽光で明るかったが、底の方は光が届いておらず、真っ暗の闇。その分冷気もあるだろう。M78星雲のウルトラマンは冷気に弱いが、ここは耐えないと先に進めない。サイトがルイズの、ルイズがテファの手を握る形で彼らはルクシャナに続いて海の中へ潜っていった。
ルクシャナのかけた魔法は見事なものだった。吸い込んだ水が、喉を通るところでちょうど空気に変わる。おかげで息苦しさが全くなかった。
海の闇の中に飛び込んでしばらくすると、ルクシャナが上昇している。さっきの岩の中の、海面下の位置に当たる場所に向かっているのだろうか。
三人もあとに続いて上昇する。
「プハ!!」
水面から顔が出た。そこは湿りきった洞窟だった。腐った海藻の匂いが漂っているが、劇場ほどの広さを誇っていた。
「ここが竜の巣よ」
先に陸に上がっていたルクシャナが言う。今のサイトたちのいる水面は、まるで井戸のようにぽっかり穴を開けていた。
水面から上がった三人は改めてその場の広大さに目を奪われた。ふと、サイトの耳に何かのうめき声が聞こえてきた。それもなにか、巨大な猛獣のような…。だとしたら…。
「怪獣か!?」
思わずサイトはブレスレットからウルトラゼロアイを取り出した。その行動に動かされ、ルイズとテファも杖を手に取る。
「なに?何かいるの?」
「タコの化け物かもしれねえぜ?」
デルフが鞘から顔を出す。
「きっと貴族の娘っ子とハーフエルフの娘っ子の体に触手がまとわりついてなぶりだし…」
「嫌なこと言ってんじゃないわよボロ剣!」
デルフの冗談で想像したせいか、ルイズの肌に鳥肌が立ち、テファも思わず身をこわばらせた。
「待って!この鳴き声…」
三人に武器を収めるように言い、ルクシャナは辺りを軽く散策した。大きな岩陰に彼女が行くと、彼女のいつもの様子からは想像もできない悲鳴があがった。
「!!!」
「どうしたんだ!?」
サイトたちもすぐ彼女のもとに駆け寄る。岩陰にいたのは、確かに怪獣に見えてもおかしくない巨体だったが、敵意が感じられない15メイルほどの一匹の龍が傷を負った状態で横たわっていた。
「何があったの!?海母」
「おお…その声、長耳の娘か…」
竜は重くなった頭を起こし、老婆に似た声で弱々しくルクシャナの呼びかけに答えた。
この竜、イルククゥ=シルフィードと同じ韻竜のようだ。
「傷がひどいわね。ちょっと待ってて」
急いでルクシャナは水辺に戻って手のひらに水を注ぎ、精霊魔法をかけて海母と呼んだ韻竜の口に流し込んだ。
「すこしは楽になれた?」
「うむ、助かったのう。じゃが、いずれ滅びゆくだけのわらわを助けても無駄じゃろうて」
海母はサイトたちの方に視線を向ける。
「おや、その三人の子はただの人ではないようじゃな」
それを聞いて思わずさっと身構えた。この竜は口の利き方からしてだいぶ年をとっているようだが、伊達に食っているわけではない。
一目見ただけで自分たちがただの人ではないことを見切ったのだ。
「悪魔の力を持っているのよ」
「ほほう、あの悪魔か」
テファは思わず身を縮めた。ネフテスで悪魔呼ばわりされ、殺されかけたことがかなりショックだったこともあって、海母から「この悪魔め!」と怒鳴られて食われるのではと想像してしまった。
「安心おし。わらわはそんなに悪食じゃないよ」
「あなた、エルフみたいに私たちを悪魔って呼んでるでしょ?怖くもなければ、憎くもないわけ?」
不思議に思ってルイズは尋ねてみる。彼女も悪魔=虚無の恐ろしさをしているのではないのか。だが、帰ってきた返答は至って穏やかだった。
「あんたたちの祖先が大災厄の時代にしでかしたことは祖母からよく聞かされたよ。じゃが、別にわらわはぬしらのことが憎いわけではないのじゃ。
ぬしらがなにをしようがしまいが、さっきも言ったようにわらわたちは滅びゆく種族。どんなことも大いなる意思の思し召しとして受け止める。たとえどんな災厄が降りかかっても、遠慮なく受け入れる」
「単に諦めてるようにしか聞こえないわよ」
「ほほ、長耳の跳ねっ返り。わらわの娘。ぬしはわらわに悪魔を憎んでくれと言っておるのか?」
「そんなこと言ってないわ。ただ、どうしてここに倒れてたか気になったのよ」
「おう、そういえばさっきまで倒れておったな」
ついさっきまでの自分の身の危機さえもう忘れたというのかこの韻竜は。サイトとルイズは呆れた。
「銀髪の男と、鎧の亜人がここで何かやっておったようでの。気になって近づいたら、証拠隠滅だのなんだの言って攻撃してきた。それだけじゃ」
「鎧の亜人…ガルト星人だな」
サイトがつぶやくと、海母は意外そうな声を出す。
「あの亜人を知っておるのじゃな」
「え、ええ。まあ…」
「ぬしは只者じゃないのう。悪魔に連なる力だけではない。悪魔という呼び名にふさわしくない何かを持っているようじゃ」
この海母、どこまでも鋭かった。ルイズの姉であるカトレアにもこの鋭さは匹敵するのでは、とサイトは思った。
「ここから先に行けば、ヴァリヤーグが守っていたという場所がある」
「当たりだ!」
指をパチンと鳴らすサイト。ヴァリヤーグはアカシックレコードに記された記録に従って生きることを美徳としていた。ならばおそらく、ここにアカシックレコードが眠っているのだ。
「そういやここ…確か…」
デルフが声を漏らしたその時だった。
「ここで、また貴様を見ることになるとはな」
「!」
サイトたちはとっさに背後を振り返って身構える。そこには長く伸びた銀髪に口髭、もう一年は昔を最後に、顔を見たかもしれない男が立っていたのだ。
「ワルド!?」
「久しぶりだな、ルイズ」
すっかり行方が知れなかった元婚約者の登場に、ルイズは目を丸くするばかり。しかも以前のような敵という感じが、不思議なことに感じられなかった。
「一体、どうして俺たちの前に?」
サイトは尋ねてみた。あいつは確か教皇たちに味方していたはず。
だが、意外にも予想外なことをワルドは口にした。
「俺は闇のウルトラマンの力を得てお前との戦いに敗れ、死んだはずだった。だが、アカシックレコードの意思が俺に新たな使命を与えて生まれ変わらせた。
書き換えられたアカシックレコードを正しい方向に直し、その未来に導く栄光の道しるべとなること。それが、アカシックレコードが俺に与えた使命だ。俺はガルト星人とも教皇たちとも違う」
「ど…どういうこと?」
この男はガルト星人や教皇と共闘関係にあったのではないのか?
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ