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寡黙と憂鬱に咲く[15]


29.
少しばかり遠出だった。
昨日が長かったから、自らを叩き起して今朝を迎えるのも一苦労。
そう思ったが、自然と目覚めはよくて朝食もきちんととった。

今日、会えるんだな。

電車に揺られていた。窓から見た空はとても澄んでいる。
駅を越すごとに、車内は家族とカップルで賑わい始めた。皆、目的地は一緒のようだ。
高杉は時計を見る。まだ9時。あと15分ほどで着いてしまう。
自分を落ち着かせたかった。何せ下腹部が不調で呼吸も早めだ。
ただ今日、どんな再会をするのかを何度も巡らせて、ため息さえつきたくなる。

「……っと…」

2駅くらい前で一気にラッシュになる。さすが週末だ。
通勤ラッシュに近い酸欠具合と、身動きには不便な環境に、高杉は軽く目眩を覚え、時折深呼吸をしつつ、到着を待った。
ここ数日思いのほか、四方八方から心身負担をかけてしまい、本来の休日気分を味わえたのは今日が久々。
目眩は疲労のせい。
早くこの窮屈な檻の外へ逃してくれないだろうか。せめて車両の端でスペースを確保したい。

ふう、と腹のそこから息を吐いた。それで幾ばかりか張り詰めたものが引く。
「次は…」というアナウンスに兆しが見えた。いよいよ開放される。

ドアが開くと、意気揚々とした集団が駆け足で降りていく。
ただひとつの目的のために動く人の力には驚かされる。高杉は押されていった。
数歩進んだところでつまずき、
(やば…)
気づくと、真っ先に上半身が地をめがけていた。
声という反応もできなかった。

手首をつかまれた。

高杉は寸前のところで押しとどまり、状況が理解できないまま、力任せに引っ張られた。


「大丈夫か?」


聞き覚えのある声が高杉を振り向かせた。手首をやんわり解かれる。

心臓が止まるかと思った。

うわ、と高杉は思わずその手を大きく仰いでしまう。
彼は愉快そうに目を細めて笑った。


「今日の反応はいいな」


悪戯が成功した子供の顔で、高杉より上にある目線を落としてきた。
いつもは睨んでやるところだが、数日ぶりの懐かしさが、高杉の内側の尖った部分をすべて削り取ってしまった。
あれ、怒らねえの?と、反応の静けさに驚いたのは彼のほうだった。
瞬きだけをする高杉に苦笑と溜息を吹きかけ、

「調子狂うな…まあ、いいや」

行こうぜ、と今度は、高杉の手を握って目的地へと誘導した。
調子が狂うのはこちらもだ。
以前の素っ気ない出会い方ではなくて、柔らかい笑みで銀八が高杉の手を引いていく。

遊園地に着くまで、二人の間にそれ以上の会話はなかった。
沈黙の扱い方など慣れているのに、ひたすら揺さぶられている。そんな感じだ。

『ゆめのくに』は土曜日なだけあって、開演30分以上前だというのに混んでいた。
パスポート購入窓口の列を見て、少々唖然としたほどだ。

「パスなら買ってある」

二本指に二枚の紙っぺらを挟んで、銀八が自慢げに口笛を吹いてきた。
わざとらしい口笛に、ここ何日かの空白によるぎこちなさを感じさせる。
先ほどからあまり目も合わない。

「乗りてモンは?」
「え、あー…絶叫系かな」
「ならコイツにしよう」

銀八はバックからパンフレットを取り出して、アトラクション一覧を見せてくれた。
銀八の指さした箇所には、『当園内最長最速の絶叫アトラクション!』と書いてある。

「パレードは興味あるか?」
「まあ、すこし」

何だか探り探りな会話だ。
お互い表情も声音もメリハリはないほうだから、気を緩めるタイミングが掴めないでいる。

そうこうしているうちに開演時間が迫った。
時間まで座り込んでいた客たちが重い腰を上げ始める。
入場口の店員が高らかに開演の宣言をした。

「走るぞ」
「え?」

ひとり、またひとりと園内に入っていく。彼らは入園を許されるや否や、駆け出した。
チケットを見せると、銀八に手を強めに握られる。
間髪いれずに、彼は地を蹴った。

「お、おいっ、ちょっと」
「いいから走れって。並んじまうぞ」

そんなに急がなくても、と思ったが、急いでいるのは自分たちではなかった。
この手の場所には疎くて、高杉は頭がついていかないまま、拠点に引っ張られていった。

到着した頃にはすでに30分待ちとなっていた。
ゆっくり歩いていたら、どれくらいの待ち時間になっていたことだろう。
全速力で走ったせいか、かなり息切れした。

「アトラクションて、こんなに並ぶわけ…?」
「そりゃあな。土日はガキも沢山来るし、仕方ねえだろ」

銀八は家族で来たことも何度かあるのだろう。
ここまでの道のりも、園内の地図も、頭の中に叩き込んである感じだった。
高杉は、見慣れない世界を呆然と眺めていた。
不意に肩を叩かれる。

「少しは楽しげにしろよ。わー乗りたいーとか言ってみ?」
「ガキじゃあるめえし…面白そうだとは思うけど」
「たまにはガキに帰れって。どうせ普段はかわいくねえんだし」
「銀八だけ帰れば?かわいくなんてなりたくねえし」
「…お前って時々、憎たらしいを通り越すな」

体が温まったせいか、調子も戻ってきたようだ。
30分は長いようで短く、時折憎まれ口を叩きながら過ぎていった。

自分たちの番が来て、高杉が奥に、銀八が続いて乗る。
一番前だった。

滑走車は、ブザーと共に客を絶叫と興奮の世界へ連れて行く。
ガタンガタンと、最初はゆっくり、恐怖心を煽るように昇っていく。
(ずいぶん高いところまであがるな…)
ふと下を見て、そう思った。想像以上の高さで、さすがに気持ちが高揚した。

「怖えの?」

銀八が面白そうにこちらを覗き見てきた。

「別に。高えなって」
「ふーん…お前が取り乱してるところも見てみてえけどな」
「取り乱さねえし」
「あ、落ちる」

銀八が急に前へ向き直る。
反応をする前に、襲ってきたのは浮遊感だった。
暴走車となったそれが、凄まじい勢いで急降下した。

(わ…)

早い。それに落ち切るまでの距離が長い。
声こそあげなかったものの、高杉も一瞬目をぎゅっと瞑った。

下まで降りたら、今度は急上昇した。首を撚りそうだ。
耳を劈けるような悲鳴が後頭部にぶつかる。
今度は左に曲がる。物凄いスピードで、上手く体勢がとれない。

次は右へ。左へ。上へ昇って落ちる。
色んな組み合わせで、繰り返しそれは行われた。

(やばい、気持ち悪い…)
横揺れが多かったからか、目眩に襲われた。浮遊感と同時のそれは、最悪だった。
何周めかで吐きそうになり、口に手をあてがう。

ふっと横から手が伸びてきた。
逆風に上半身を捕らえられる中、視線だけ傍らに寄越すと、銀八が心配そうに「もう終わるから」と頭を撫でてきた。

滑走車は呼吸を穏やかにして、到着地点で客を下ろす。
怖かった、楽しかった、もう帰りたい、と感想は様々だが、皆楽しそうだった。

「大丈夫か」
「ん…平気、おさまったから…」

まだ酔いがさめないが、嘔吐感はなくなった。
銀八に背中をさすられながら、何とか歩を進めていく。

「お前三半規管弱そうだな」
「意識したことねえけど…急降下は平気なんだけどさ」
「次は楽なの行こうか」
「ん…」

銀八が選んだのはシューティングゲームだった。
これは室内のアトラクション。

薬物を密輸している集団のアジトに入り、見つけた敵を銃殺する。
何人か撃ちもれしても、最後にボスを堕とせれば、ミッションコンプリートになるらしい。
もちろん、制限時間がある。

敵の心臓部には的があって、そこを撃たなければ点数にならない。
ちなみにこちらも撃たれる可能性があり、3回撃たれるとゲームオーバーになる。
自分のライフは、銃の持ち手で把握できる。赤く点滅すると、あと一発で死ぬという警告なのだとか。
成績はランクで示される。S、A、B、Cの4段階だ。

二人以上で組む場合は、片方が堕ちた時点でゲーム終了。
なのでコンビネーションが大切なのだろうが。


「とにかく撃ちまくろうぜ。で、自分の身は自分で守る」


銀八らしいような気がした。
変に作戦を立てても、あとで絶対喧嘩になりそうだし、と高杉も敢えて銀八の意見に賛同した。

ミッションスタート。
現場に行くと、なるほど、よくできていると高杉は感心した。

隠れる場所が数カ所。
敵は左右に移動するだけで範囲も狭い。が、腕も上下に動くようで、地面に伏せない限りは弾が当たる可能性がある。

銀八がまずアジトに踏み入って、左斜め前の柱に身を潜める。
ヒーローの気分になるのか、彼の姿が妙に様になっていて笑えた。

高杉は銀八とは違う柱に身を潜める。
敵が自分たちの存在を察知したらしく、銃で撃ってきた。

銀八が一瞬柱を離れ、敵の的に銃を撃ち込む。
見事、得点につながった。
これを選んだからには腕に自信があったのだろうが、思ったとおりだ。

銀八はそのままもう一人撃って、次の隠れ場所まで走っていった。
自分もそろそろ出なくては、と高杉も銃を構え、銀八が撃ち残した敵に引き金をひいた。

何とか当たった。
銀八に遅れを取りたくなかったからか、勢いに乗って、そのまま駆け出した。

銀八は向こうの柱で、撃っては隠れを繰り返していた。
自分もあと一歩でそこに追いつく。

ブザーが鳴った。
(撃たれた…)
持ち手のライフが減っている。慌てて柱に滑り込んだ。

「もう撃たれたのかよお前。まだ第一関門なんだけど」
「仕方ねえじゃん。よくわからないし」
「俺が極力撃ってくから、下手に動くな」
「ゲームの参加の意味ねえじゃん。俺も撃つから」
「お前が死んだらゲームオーバーなんだよ。わかんねえならじっとしてろ」
「じゃあ最初から俺を誘うなよ」
「…いきなり撃たれるとは思ってなかったんだよ」

そしていきなり口論になる。
たかがゲームで、と罵りたくなったが、それを言うなら自分も同じだ。

舌打ちをした銀八がまた先へと駆け出す。
敵の動きをよく見て、銃を交わしながら進んでいる。
何人か銀八が仕留めてくれたおかげで、次のステージへの到着は楽だったが。

自分が銀八の足手まといのように思えて歯がゆくなる。
闘争心が高杉の中にくすぶった。自分だって苦手じゃないし。

今度は銀八より先に出てやると、高杉は柱から飛びだした。
一人撃った。続いて待ち構えてる敵に銃を向ける。
それは外れてしまった。敵は銃をこちらに向けていた。

(あ、しまった…)

2回目のブザーが鳴った。
その音が残酷に響いて、高杉は立ち尽くしてしまう。敵はまだ残っているというのに。

「この馬鹿っ」

別の敵に標的にされていることに気づかない相棒を見かねた銀八が、高杉に駆け寄った。
そのまま抱きしめて、地に伏せる。
その衝動で高杉は銃を手放しかけた。

銀八の全体重がかけられていて、高杉は仰向けの体制のまま身動きを封じられていた。
頭は銀八の手にかばわれて、打たないで済んだ。


「…何だよ、急にこんな」
「お前がぼーっとしてるからだろ…撃たれたら終わりなんだから」


高杉に睨みを効かせているその目は、少しだけ動揺している気がした。
伏せていれば弾は当たらない、と。
高杉が握っている持ち手は、赤く点滅していた。

「たかがゲームだし…馬鹿じゃねえの」
「負けたら悔しいから」
「ガキじゃあるめえし」
「ああ、ガキじゃねえよ俺は」


むしろガキだったらよかったのに。
高杉の息は銀八の唇に塞き止められた。
高杉の手から、銃が落ちる。


(………)


突然求められて、高杉は肉体の意思を丸ごともっていかれた。
銃の音が聞こえている。ミッションはまだ、続いているのに。

口唇を離した銀八は、先ほどの好戦的な眼差しは帯びてなかった。
いつから、そんな目をするようになった。
あんなに鋭く冷たく、心が死んでいるような人間の熱がいつから、子守唄のような優しさに変わったのだろう。


「時間が…」


高杉は戸惑いのうちに絞り出すように言う。



「もういい…腕、まわせって」



高杉の手首を掴む。自分の背中に導こうとした。
そうしたかった。
高杉は銀八の背中を包み、二人分の熱を引き寄せた。
この男とどうなりたいというのだろう、自分は。ただこうしたいというのは、どういった感情なのだろう。

こんな場所で途方もなく、二度目のキスをした。
制限時間が迫っている。
銀八が高杉を解放したのは、タイムリミットのカウントダウンが始まってからだ。


「は、ここじゃ無理だな…」


銀八が息を弾ませて苦笑する。
敵に見られながらのセっクスも悪くない、と。

「夜も長えしな。行くか」
「ん…」

寝心地になってしまったからか、ふらふらしていた。

ボスは倒せなかったものの、倒した敵の数は多かったらしく、ランクはかろうじてCだった。
この際なんでもよかったが。


30.
外へ出ると、陽の光が眩しかった。
パンフレットを広げ、次の行動を決める。


「あ、これなんかいいんじゃねえ?地獄旅館」


涼しそうだし退屈しなさそう、と高杉が言う。
我ながらいい提案だと思ったが、隣から何の反応もなかったので、ちらりと銀八のほうを見やる。
彼の顔色が悪いような気がした。

「銀八?」
「あ、いや……お前そういうの好き?」

どういうわけか、銀八が困った顔をしていた。ピンときた。

「もしかして…苦手なのか?」
「違う」

鋭い声で、物凄い勢いでばっさり否定してきた。

意外だ。

高杉の中の悪戯心が、じたばたと暴れ始めた。

「面白そうだから行こうぜ」
「イヤ。」
「どうして?」
「イヤなもんはイヤ。」

銀八の頬が膨らんでいく。笑いがこみ上げてきた。

「怖いんだ?」
「怖くない。」
「青ざめてるけど」
「ああ、気のせいだ」

いや、あからさまなんですが。
ダメだ、面白い。それに何か可愛い。無性にからかいたくなった。
高杉は銀八の腕をとって、甘え顔を見せた。

「銀八、俺が行きてえの。行こ?」
「やだ」
「銀八“と”行きてえな?」
「嘘つけ!わざとらしいわっ。一人で化けモンどもに犯されてこい!」

公衆の面前で大声で怒鳴られた。
そんなに怒らなくても…と高杉もこの時は圧倒されてしまった。

「わかったよ、別のにしよっか。な?銀八」
「………」

不貞腐れた子供を宥めているような心境だ。
おかしくなって、くすくすと笑ってしまう。あまり隙を見せない男だと思っていたから余計に。

「笑うなよ…」

銀八が一瞬だけ高杉を見て、またそっぽを向いた。
そんな時だけ、そんなふうに笑うなよ。

気を落ち着かせるために、とりあえず喫煙所に向かう。
アトラクションの前にお昼休憩を取ってもいいかもしれない。
日光は、もうすぐ一番高いところへ行き着くだろう。


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